スポンサーリンク





★オススメ記事
これさえ読めば人生勝ったも同然!100回繰り返して読むに足る「至高本」
【決定版】手順通りに書くだけで達成率が大幅アップする目標の立て方
値段の10倍以上の価値がある「オススメ高額本(2500円〜3万円)」を読んでブッチギリで差をつける!

☆人気記事
最強自重トレーニング・BIG6「囚人コンディショニング」
大塚国際美術館に行ってきた
中村天風「クンバハカ」のコツ

IMG_0065

どーも、アンチスポーツの急先鋒・聖ちゃんですわ。

 

世の中には

スポーツする人>>>>>>しない人


という謎の図式というか、空気というか、風潮というか、暗黙の了解というか、

そういったものがありますが、

そういったもののために

 

・小中高ではスポーツのできる生徒がチヤホヤされ

・世間ではスポーツ選手はヒーロー扱いされ

・マスコミにおいてはスポーツニュースやスポーツ番組が制作される

・だからますます「スポーツって素晴らしい」「スポーツって楽しい」と洗脳されたバカが沸きまくる

 

という、スポーツ嫌いからすればクソみたいなサイクルが生まれるのですが、

私はそうやって

「スポーツって素晴らしい」

「スポーツって楽しい」

「スポーツ選手は偉い」

と押し付けられるたびに、
いつも心の中でグツグツ煮えたぎらせていた想いを今日はぶちまけましょう。

 

スポンサーリンク




人間の限界ってこんなものなのか?と絶望させられる

私は「人間には無限の可能性がある」と信じたい人間なのですが、
スポーツの記録なんかを見てると

「人間って所詮この程度でしかないのか。。。」と絶望してしまう。

ウサイン・ボルトですら、スペインの牛追い祭りの牛からは逃れられない

現時点で人類最速の人間はウサイン・ボルトということになるのでしょうが、

彼がもしスペインの牛追い祭りに参加したとしても、

牛からすれば「ノロマなその他大勢の人間の一人」に過ぎません。


なぜならあの牛って確か、100メートル走のタイムでいえば7秒台くらいのスピードですからね。

 

ちなみに地上最速生物・チーターは100メートルを3.2秒で駆け抜けるし、

競馬でおなじみサラブレッドは5秒前後で、

「最強の動物」説もあるカバもあの巨体で8秒です。

 

こうして比較すると、

「うわ、人間ってしょぼいな。。。」

と絶望してしまうんですよね。

 

フィジカルに関して言えば人間など、万物の霊長(笑)である。

4足歩行の獣と比較した場合、走力や跳力ではどうあがいても勝てませんし、

まして哺乳類である以上、潜水時間や泳力では海棲動物とは
比較するのも恥ずかしいレベルのゴミクズです。

 

腕力もしょぼいし、そんなしょぼい腕が切れても生えてこないし、

身体能力や運動能力に関して言えば基本、しょぼいのが人間。

 

・モノを正確に投げる投擲能力

・長時間走り続ける持久走

・手先の器用さ

 

に関しては他の生物を凌駕しますが、他は基本ダメダメなのです。

 

「人間の中ではすごい!」だから何?

「動物と比較すればしょぼいかもしれないけど、でも、人間の中ではすごいんだからいいじゃん!!」


っていう人もいるかもしれないけど、

何度も強調しますが
私はスポーツ全般全く興味ない、ていうか嫌いな人間なので、

 

で? だから何??

 

って感じ。

所詮「井の中の蛙」じゃんよ。

どんなに速く走ろうとも、人類最速の人間ですらサイやカバに追いつかれ殺される
現実があるってことに、

私は虚しさを感じます。

 

人間にしかできないこと、人間だからできることこそ素晴らしいんでない?

そう思う私だから、スポーツの素晴らしさとか楽しさを語られるたびに

「いや、動物に比べりゃカスやんけ」

って冷めた反発を感じます。

 

それよりは、言葉を話したり、モノを作ったり、考えたりといった、

人間にしかできないこと、人間だからこそできることの方がよっぽど尊いと思うけどね。

 

砂鉄から日本刀を叩き上げ、磨き抜く工程なんかゾクゾクするしね。

 

私がスポーツばっかり持ち上げる風潮にケチをつけたい理由、
なんとなく伝わりましたでしょうかね?

 

スポーツにおける「正々堂々とした勝負」の嘘臭さが笑える

スポーツって、決められたルールの下、正々堂々と厳しいルールで戦うので、
勝敗や順位が明確になります。

が、裏を返せば、

あれこれルールを明確にしておくからこそ勝敗や順位が明確になるんですよね。

そうでないと判定しようがないですし。

 

真の勝負は「殺るか、死ぬか」

自然界の生存競争や、戦争などを見ていればわかりますが、

真の勝負とは「敵を殺るか、己が死ぬか」です。
 

そこにルールもなければ審判もいません。

だから反則もないし、正々堂々という概念もないのです。

 

逃げること、騙し討ち、奇襲、多勢に無勢、全てが許されます。
 

だからスポーツみたいに「わかりやすく」はないんです。

どちらかが死ぬまで戦う義理もないので逃げたりも平気でしますしね。

 

つまり、正々堂々とか、フェアとか、
そういったものはルールに守られているからこそ許される「甘え」とも言えるのです。

 

現実は「白・黒」ではなく「グレーの濃淡」

そもそも現実において、スポーツの勝敗や順位のようにわかりやすく
「白黒」「勝ち負け」がハッキリ分かれることって少ないですよね。

 

例えばトヨタとフォルクスワーゲンって、どっちも自動車会社ですけど

どっちが勝ってて、どっちが負けてるの?

また、負けてる方はそれで何を失い、損してるの?

って話ですよね。

 

別の例では、

何年間も同じ職場の人に片思いしている女性がいたとして、
ある日全く別の男の人から告白されたとしましょう。
 

いい加減何年間も片思いし続けてきて寂しいし辛いし、
この人もそんなに悪くないし、
ということで付き合い始めて、
しばらくしてたら片思いしていた職場の男性が「実は前から好きだった」と告白してきて、
結局乗り換えてしまったとしましょう。
 

この場合、最初に告白してきた男性は「彼氏になる」という形の勝利は得ましたが、
すぐにそれはひっくり返ってしまったわけで、
何が言いたいかというと、「勝ち」なんてものは簡単になくなり得るものだということ。

 
 

つまり、「100か0か」「オールオアナッシング」なんてことは世の中には少なく、

「45か55か」みたいな、グレーの濃淡で相対的に決めているのが現実だということです。

 

まとめ:スポーツ嫌いからすればスポーツって嘘くさいし、アホらしい

動物に比べればカスみたいな身体能力を、

決められたルールの下で正々堂々(笑)争って、

白黒や序列をつけているのが、

 

スポーツに全く興味ない人間からすれば滑稽で、

で?だから何よ??

っていう、それだけのお話でした。

 

まぁこんな感じで、東京オリンピックまではスポーツに対して毒吐きまくります。

スポンサーリンク