聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重トレのマイスターにして「アンチスポーツの急先鋒」です。目指せ!東京オリンピック中止!!

カテゴリ: 健康・美容

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私は健康に関しては、「こうなりたい!」と思った目標はほぼ全て達成しています。

 ・禁酒
 ・20㎏以上のダイエット
 ・筋トレによる肉体改造
 ・難しい種目(ドラゴンフラッグや懸垂など)が、全くできない状態から当たり前のようにできるようになった

などなど。
今のままでも100パーセント満足していますし、習慣として定着もしていますので
来月、来年、数年後はもっともっと満足している
だろうなと確信できるのです。


もともとは運動なんか死ぬほど嫌いで、炭酸飲料とお酒が大好きで、受験太りしていた不健康男が、
運動を習慣とし、理想の健康状態と肉体を実現したプロセスをちょいとまとめてみようかと思いました。

あなたが今どんな状況であれ、ステップに従って実行すれば、
最低でも「ソフトマッチョ」程度の目標は軽々達成できていることは保証しましょう。

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ステップ1:「どこを鍛えるか?」「どうなりたいか?」を考えてメニューを作ろう

● 囚人コンディショニングを参考に、どこを鍛えるか?考えよう

このプログラム通りにやるのでもいいですし、
「とりあえず腕立てと、スクワットだけやっていこう」というような「いいとこ取り」でも構いません。
トレーニングは、とにかく「できることをやる」のみなのですから。

● そもそもの動機を明確にしておこう

筋トレに限ったことではありませんが、手段が目的となると不幸になっていくように思います。
無責任にあれこれと煽ってくる他人や、そんな連中と比較し競争しているうちに、
いつの間にか望まない状態になっていないよう、自分の動機は明確にしておきましょう。

ステップ2:これだけはやっておけ!という必殺種目を取り入れる

● 自重トレーニングの王様種目・懸垂ができるようになろう 

自重トレーニングに関しては、懸垂こそが「最強の種目」と断言できます。
この種目とディップス、スクワットの3つをやるだけでもかなりいい体になりますしね。
また、これらは多関節を動かす種目なので成長ホルモンが分泌されて若々しくなる効果もアリ。

● 普通の懸垂が物足りなくなったら上級編の懸垂にチャレンジしよう

懸垂は、普段鍛えていない人だと全然できません。3回もできれば上々ってくらいハードな種目。
だから懸垂ができるようになって習慣になれば、マジで別人のように強くなれるのですが、
そんな種目でもいつかは物足りなくなります。
その時にはこの種目にチャレンジしてみてね。

● 自重スクワットの最強種目「ピストルスクワット

私がもし「1種目しかトレーニングしてはいけない」と言われたら、
懸垂かスクワットかでギリギリ悩んで、スクワットを選ぶでしょう。
なぜなら、

・全身の筋肉の6〜7割は下半身
・その下半身を鍛えられる
・有酸素運動も兼ねる
・多関節を動かすので成長ホルモンが分泌される
・精力(性力)がついて、アッチがいつまでも元気になれる
(ぶつける相手がいないって?ここで探しなさいな

と、いいことづくめ
ですからね。

● 上半身・下半身・有酸素能力のすべてを鍛えられる「バーピー

上で「1種目だけしかできないなら、スクワット」と言いましたが、ある程度鍛えた人ならバーピーの方がいいでしょう。
腕立てとジャンプスクワットを組み合わせた種目なので、全身の筋トレにもなりますし、
何よりスタミナが半端なく鍛えられますからね。

ただ、ハードな種目なので無理はしないように。

ステップ3:効果的な目標設定をし、測定・改善(PDCAサイクル)

● どうせ立てるなら叶いやすい目標を立てましょう。

私は自己啓発書をアホほど読み、できる範囲であれこれ実践してきた経歴があるのですが、
一番簡単で効果的な手法はやはり「目標を紙に書き出すこと」です。
もちろん、ただ適当に書き出しても叶いにくいので、どうせ書き出すのなら効果的な書き方をしましょう。

ステップ4:今やっている種目が物足りなくなったら

● 自重トレーニングのトップ種目たち

囚人コンディショニングのステップ10まで鍛えたとしても、例えば腕立て一つとっても
「プランシェ」「スーパーマン腕立て伏せ」などの超人的な自重トレーニングがまだまだ存在します。
上のリンクにある動画では、そんな種目が44種類紹介されているので、
一つか二つメニューに加えて見るだけでもあなたも超人への道を歩み始めるのです。

● 半年で腹筋をバキバキに割ってみよう

筋肉のトレーニングをする人にとって「腹筋を割る」というのは一つの目標になると思います。
上のリンクでは細かくステップに分けていますので、できるところから実践していくだけでいつの間にか腹筋は割れているでしょう。


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どーも、アンチスポーツの急先鋒・聖ちゃんですわ。

 

世の中には

スポーツする人>>>>>>しない人


という謎の図式というか、空気というか、風潮というか、暗黙の了解というか、

そういったものがありますが、

そういったもののために

 

・小中高ではスポーツのできる生徒がチヤホヤされ

・世間ではスポーツ選手はヒーロー扱いされ

・マスコミにおいてはスポーツニュースやスポーツ番組が制作される

・だからますます「スポーツって素晴らしい」「スポーツって楽しい」と洗脳されたバカが沸きまくる

 

という、スポーツ嫌いからすればクソみたいなサイクルが生まれるのですが、

私はそうやって

「スポーツって素晴らしい」

「スポーツって楽しい」

「スポーツ選手は偉い」

と押し付けられるたびに、
いつも心の中でグツグツ煮えたぎらせていた想いを今日はぶちまけましょう。

 

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人間の限界ってこんなものなのか?と絶望させられる

私は「人間には無限の可能性がある」と信じたい人間なのですが、
スポーツの記録なんかを見てると

「人間って所詮この程度でしかないのか。。。」と絶望してしまう。

ウサイン・ボルトですら、スペインの牛追い祭りの牛からは逃れられない

現時点で人類最速の人間はウサイン・ボルトということになるのでしょうが、

彼がもしスペインの牛追い祭りに参加したとしても、

牛からすれば「ノロマなその他大勢の人間の一人」に過ぎません。


なぜならあの牛って確か、100メートル走のタイムでいえば7秒台くらいのスピードですからね。

 

ちなみに地上最速生物・チーターは100メートルを3.2秒で駆け抜けるし、

競馬でおなじみサラブレッドは5秒前後で、

「最強の動物」説もあるカバもあの巨体で8秒です。

 

こうして比較すると、

「うわ、人間ってしょぼいな。。。」

と絶望してしまうんですよね。

 

フィジカルに関して言えば人間など、万物の霊長(笑)である。

4足歩行の獣と比較した場合、走力や跳力ではどうあがいても勝てませんし、

まして哺乳類である以上、潜水時間や泳力では海棲動物とは
比較するのも恥ずかしいレベルのゴミクズです。

 

腕力もしょぼいし、そんなしょぼい腕が切れても生えてこないし、

身体能力や運動能力に関して言えば基本、しょぼいのが人間。

 

・モノを正確に投げる投擲能力

・長時間走り続ける持久走

・手先の器用さ

 

に関しては他の生物を凌駕しますが、他は基本ダメダメなのです。

 

「人間の中ではすごい!」だから何?

「動物と比較すればしょぼいかもしれないけど、でも、人間の中ではすごいんだからいいじゃん!!」


っていう人もいるかもしれないけど、

何度も強調しますが
私はスポーツ全般全く興味ない、ていうか嫌いな人間なので、

 

で? だから何??

 

って感じ。

所詮「井の中の蛙」じゃんよ。

どんなに速く走ろうとも、人類最速の人間ですらサイやカバに追いつかれ殺される
現実があるってことに、

私は虚しさを感じます。

 

人間にしかできないこと、人間だからできることこそ素晴らしいんでない?

そう思う私だから、スポーツの素晴らしさとか楽しさを語られるたびに

「いや、動物に比べりゃカスやんけ」

って冷めた反発を感じます。

 

それよりは、言葉を話したり、モノを作ったり、考えたりといった、

人間にしかできないこと、人間だからこそできることの方がよっぽど尊いと思うけどね。

 

砂鉄から日本刀を叩き上げ、磨き抜く工程なんかゾクゾクするしね。

 

私がスポーツばっかり持ち上げる風潮にケチをつけたい理由、
なんとなく伝わりましたでしょうかね?

 

スポーツにおける「正々堂々とした勝負」の嘘臭さが笑える

スポーツって、決められたルールの下、正々堂々と厳しいルールで戦うので、
勝敗や順位が明確になります。

が、裏を返せば、

あれこれルールを明確にしておくからこそ勝敗や順位が明確になるんですよね。

そうでないと判定しようがないですし。

 

真の勝負は「殺るか、死ぬか」

自然界の生存競争や、戦争などを見ていればわかりますが、

真の勝負とは「敵を殺るか、己が死ぬか」です。
 

そこにルールもなければ審判もいません。

だから反則もないし、正々堂々という概念もないのです。

 

逃げること、騙し討ち、奇襲、多勢に無勢、全てが許されます。
 

だからスポーツみたいに「わかりやすく」はないんです。

どちらかが死ぬまで戦う義理もないので逃げたりも平気でしますしね。

 

つまり、正々堂々とか、フェアとか、
そういったものはルールに守られているからこそ許される「甘え」とも言えるのです。

 

現実は「白・黒」ではなく「グレーの濃淡」

そもそも現実において、スポーツの勝敗や順位のようにわかりやすく
「白黒」「勝ち負け」がハッキリ分かれることって少ないですよね。

 

例えばトヨタとフォルクスワーゲンって、どっちも自動車会社ですけど

どっちが勝ってて、どっちが負けてるの?

また、負けてる方はそれで何を失い、損してるの?

って話ですよね。

 

別の例では、

何年間も同じ職場の人に片思いしている女性がいたとして、
ある日全く別の男の人から告白されたとしましょう。
 

いい加減何年間も片思いし続けてきて寂しいし辛いし、
この人もそんなに悪くないし、
ということで付き合い始めて、
しばらくしてたら片思いしていた職場の男性が「実は前から好きだった」と告白してきて、
結局乗り換えてしまったとしましょう。
 

この場合、最初に告白してきた男性は「彼氏になる」という形の勝利は得ましたが、
すぐにそれはひっくり返ってしまったわけで、
何が言いたいかというと、「勝ち」なんてものは簡単になくなり得るものだということ。

 
 

つまり、「100か0か」「オールオアナッシング」なんてことは世の中には少なく、

「45か55か」みたいな、グレーの濃淡で相対的に決めているのが現実だということです。

 

まとめ:スポーツ嫌いからすればスポーツって嘘くさいし、アホらしい

動物に比べればカスみたいな身体能力を、

決められたルールの下で正々堂々(笑)争って、

白黒や序列をつけているのが、

 

スポーツに全く興味ない人間からすれば滑稽で、

で?だから何よ??

っていう、それだけのお話でした。

 

まぁこんな感じで、東京オリンピックまではスポーツに対して毒吐きまくります。

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どうも!アンチスポーツの急先鋒・聖ちゃんです。

私は普段の記事は、アップ前に数回・アップ後も数回読み返すのでかなり推敲してます。

(その割にこの程度の文章?とか思ったやつ、ぶっつぶす。)

 

だけど、このスポーツ嫌いの文章に限っては、
あえて推敲せずにそのままアップしています。


というのは理屈や論理よりも、感情をそのままぶつけたいから、
あえてそうしているんですけどね。

何回も読み直し・書き直しすれば完成度は高まりますけど「熱量」は下がる傾向にあるもんだし。

 

で、そんな熱量を今日は何にぶつけるか?といえば
体育教師の無能っぷりです。

 

スポーツが好き・運動が得意な生徒がそのまま教師になるから教えられない

小中高の12年間で、細胞レベルでスポーツ嫌いになった私が体育に関して一番批判したいことは、

何といっても体育教師の無能っぷり。
 

何度か記事にしていますが、私は小中高の12年間、

体育教師なる存在からはまともな指導や教育を受けてません。

 

・ボールの投げ方

・走り方

・サッカーやバスケ、野球、ドッヂボールなどの正確なルール

・その他いろいろなコツや秘訣

 

など、基本的なこともろくに教わらないまま、いきなり実技をやらされましたね。

 
 

当然なんの基礎や下地もないので失敗するわけですが、

彼らはただ

「真面目にやれ!」
「やる気あんのか?!」

と怒鳴るか、
他の生徒と一緒に笑ってるか、のどっちかでした。

 

こんな状態で一人一人実技をやらされても、みんなの前で「晒し者」になるだけだし、

サッカーなどの団体競技では足を引っ張って、みんなの「戦犯」になるのがオチ。

 

救えないのは、体育教師からすれば

「体を動かすこと」「サッカーや野球、ドッジボール」は、

イコール楽しいことという揺るぎない連想があるからか、


「とりあえずサッカーさせとけば子供は喜ぶだろ」

「みんな、スポーツって楽しいよな!」


という押し付けや決めつけをいつも感じておりました。

 

名選手、名監督にあらず。プレイヤーとティーチャーの優秀さは違う

つまり体育教師になるような人って、

人並み以上に運動が得意で、スポーツが好きで、部活や授業でそれなりに活躍したからこそ

「スポーツの素晴らしさを教えたい!」

と思って職業選択をしたのでしょう。多分。

 

だから、それゆえに、

「運動ができない子」

「スポーツに興味がない子」

立場に立てないし、気持ちが理解できないのだと思います。

 

ていうか別に、

プレイヤーとしての優秀さと、ティーチャーとしての優秀さが違うってのは、
スポーツに限った話ではないですよね。
 

一兵卒としては「そこそこ止まり」だった営業マンが、
部下の指導能力・育成能力ではものすごい力を発揮したりとかするもんだし。

逆も然りで、会社でトップクラスの営業マンが部下を持っても、
ただ数値目標をぶち上げて怒鳴るだけ、とかね。

 

学生時代の体験から何も学ばなかったのか?気づかないほどアホなのか?

ここまでゴチャゴチャ書きましたが、

そもそもの話が、自分が学生時代、

スポーツができなくてつまらなそうにしてた生徒や、

運動できなくてバカにされいじめられてた生徒って絶対いたでしょ?

 

それ見て何も思わんかったのかね?

で、教師になる以上、
そんな生徒をケアしてあげようと思えんのかね?

 

体験上、体育教師って
運動できる生徒や自分が受け持つ部活の生徒を贔屓する傾向があるのは要するに

「スポーツが好き」「スポーツって楽しい」
という共通点があるからでしょう。

 

そんなクズが上に立つから、同じクズが量産されて

「スポーツ大好き」「スポーツって素晴らしい」「スポーツできない奴はダサい」

という洗脳が強固になり、

真面目に参加しているのにろくに指導やケアされない生徒が
一方的にいじめられるというサイクルが生まれるんですよね。

 

「一人一人きちんとケアしている時間がない」って?なら授業なんかやめろよ

でも彼らはこう言い訳するのでしょう。

「いや、できない生徒がいるのはわかってるし、指導やケアする必要があるのもわかってるけど、
一人一人にそんなことやってたら時間や人員がとても足りない」

とね。

 

あのさぁ。

そんな言い訳するくらいなら、体育の授業なんかやめてしまえよ。

 

指導要綱で決まってるのか知らんけど、

四則計算もろくに教えられてない生徒を無視して三角関数だの波動関数だのの話をギュンギュン進めてもしゃーないやん。

 
 

「時間がない」って?ならやること減らせよ。

サッカーなり水泳なりバスケなりマット運動なり、
あれこれやらせるんじゃなくて、

例えばサッカーをやるんなら、1学期まるまる使って

 

・ルールの理解

・スタミナをつける

・パスなど、最低限ボールに触って慣れる

 

ことだけを一人一人じっくり徹底させるとかさ。

 

それを大してしないで、いきなり試合なんかさせても、

できない子はボールに触ることもないまま授業を終えるから


「何この時間?無駄じゃね?やりたい奴だけでやってくれよ」


ってなるよ。つーか私は毎回毎回なってたよ。

 

まとめ:体育教師が無能なのはできない子や興味ない子が理解できず、放置するから

あれこれ書いたけど、結局体育教師が無能なのは

 

・スポーツが好きじゃない子

・運動音痴

 

の立場に立てず、気持ちが理解できず、
だからこそ自分と同じスポーツが好きでできる子を贔屓して放置するからですね。

 

そんなんだったら誰でもできるやん。

 

実際、少年野球の監督とかってそこらのオッサンがやってるしね。

ただ踏ん反り返って、
できる子は贔屓して、
できない子は怒鳴ってるだけの彼らの指導能力は傍目で見てても疑問だし、


「ピッチャービビってる!ヘイヘイヘイ!!」

だののヤジを飛ばすことにはマイナスの教育効果しか感じません。

 

私に子供ができたら、野球だけは絶対やらせたくないなぁって思う理由の一つです。

 
 

とにかく体育を指導する立場にあるのなら、
一人一人の指導やケアにきちんと責任持てよ。

それに関して言い訳すんな。

 

以上!おしまい。

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スポーツ全般見るもやるも話題に出されるも、死ぬほど嫌いな聖ちゃんでございますよ。
 
私がスポーツ全般、嫌悪と唾棄の眼で見るようになったのは紛れもなく
小中高の12年間における体育教育の賜物なのですが、
大人になった今振り返ってみて、
 
「12年間の体育教育で得たこと、教訓、気づきはなんじゃろな」
 
と振り返ってみました。
 

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教訓:イヤイヤ取り組んでも何も身にならず、時間やお金を無駄にするだけ

私に会ったことのある人はよーく知っているでしょうが、
私って字がめちゃ汚いんですよね。
なんせ自分でも読めないことがたまにあるくらいですから。ええ。
 
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▲汚ねーでしょ。(笑)
 
でも実は、こんなんでも小学校6年間は母に習字教室に通わされていましてね。
母は習字の段位を持っているものだから、「我が子供にも」ということで通わせたのでしょう。
 
週に一日だけの教室だったのですが、
正直イヤイヤやっていましたね。
字がうまくかけることの意味や楽しさなんか全くわからなかったし、
正直言って今でもわかりませんからね。
 
だからちっとも上達しないままでした。
 

真面目には取り組んでも、一生懸命には取り組まないから身にならない

体育の授業なんかはまさにそうなのですが、
嫌いなことや意味を感じないことを
「とにかくやれ!」と強制されたところで、イヤイヤでしか取り組めないですよね。
 
運動会など、どうしてもイヤな時には仮病を使ったりしてサボったりもしてたのだけど、
根が(中途半端に)真面目な私は、
基本的には授業には真面目に出席しておりました。
 
でも、
・授業に参加する
・その場にいる
だけでもエネルギーのほとんどを使っている状態なので、
 
そこから先の段階である
 
・授業の内容に集中する
・授業の内容に習熟する
・授業の課題を達成する
 
方にまではエネルギー(やる気)はほとんど残っていない状態です。

つまり、真面目に参加はするし、言われたことは(形だけ)真面目に取り組みますが、
一生懸命には取り組まない・取り組めないのです。
能力やエネルギーに欠如した状態ですからね。
 
当然、授業にはついていけないし、
何回やってもうまくいかないし、
団体競技では足を引っ張って戦犯になるし、
という感じになるわけ。
 

「好きこそ物の上手なれ」は一生懸命取り組んでPDCAを回し続けるからこそ

スポーツに限らず、何かに上達し成長しようと思ったら、
ただ真面目に取り組む以上の「何か」が必要なのです。
 
その「何か」ってのは
 
・「今よりもうまくなる」という決意
・目の前の活動への熱中や没頭
・自分なりの課題を持ち、フィードバックを得てPDCAを回していく継続学習
 
などでしょう。
そしてこれこそがまさに「好きこそ物の上手なれ」の理由だと思いますし、
イヤイヤ取り組んでも何にも身にならない理由ですね。
 
私にとっては習字やスポーツなど、
特に必要性もなければ、興味も意義もまるで感じない活動には、
「言われたことを、ただ真面目に取り組む」
以上のこと・以外のことなどはしないし、できないです。
 
 

部活や体育、運動会で「ベストを尽くす」経験など一切しなかった

いやいややっていることって、意識的にも無意識的にも、
どこか手を抜いているというか、心ここに在らずでベストを尽くすことはないように思います。
 
ていうかさ、運動音痴がベストを尽くしたところで、
笑われたりバカにされたり邪魔扱いされたりするだけですからね。
そんな環境で「ベストを尽くせ」って、矛盾しすぎ。
 
わかってる?
体育教師の皆さん、スポーツ好きの皆さん。
脳筋にも分かるように懇切丁寧に説明したつもりだけどさ。
 
 
たとえば私は、50メートル走や100メートル走の『真の自己ベスト』がどれ位のタイムかは知らないです。
なんでか?
前述のように
「真面目には取り組んでも、一生懸命には取り組まない」
からであり、
「運動音痴が一生懸命やってても笑われたりバカにされたり邪魔扱いされるだけ」
だからです。
 
そして私は、これから先も永遠に「自己ベストタイム」を知ることはないだろう。
それはつまり、「自分の足がどれくらい早いか」なんて、至極どうでもいいからであり、
どうでも良いことのためにクタクタになりたくはないためです。
 
 
人は嫌いなことや苦手なことには、ベストを尽くすことが難しい。
 
これが、これこそが、嫌々取り組んでいた体育から得た唯一の教訓です。
 

まとめ:体育や運動会なんかやりたい奴だけでやってくれ

私が体育の授業で一番批判したいのは、
とにかく体育教師がろくに指導もせず、ほったらかしなこと。

だからスポーツ好きだけがワイワイ盛り上がって、
私のようなスポーツ嫌いは邪魔扱い・(団体競技では)戦犯扱いされるんですよ。
 
ろくに指導できない・する気がないなら、
体育の授業なんかやめてしまえよ。
 
せめて「図工・音楽・家庭・体育」の中からの選択科目にして、
やりたい奴らだけで勝手にやってくれよ
って言いたいね。
 
体育の授業は、時間の無駄でしかなかったし、それに加えて、
運動音痴はいじめやイジリの原因になるし、
教師は何のケアもしないから、
体育って本当害悪だなぁ
って思う。
 
 
というわけで東京オリンピックまでは、ガンガン体育批判をやっていきます!!

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ph03

こんちは!アンチスポーツの急先鋒・聖ちゃんですよ。

 

小中高の体育の授業のおかげで、骨の髄までスポーツ全般見るのもやるのも大嫌いになった私ですが、

私のような運動音痴からすれば子供の頃から不可解な現象がありますよね。

 

そう!

「勉強ができて運動音痴な子」はガリ勉・陰キャラ扱いなのに、

「勉強はできないけどスポーツができる子」はクラスのヒーロー扱いでスクールカーストの上位扱い

という、謎のスポーツ万歳現象です。

 

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複数科目ある「勉強」よりも単一科目「体育」でクラス内の序列が決まる不思議

私は基本的に

「勉強はやればそれなりにできるが、体育が超苦手で、次に音楽が苦手」

という生徒でした。

 

真剣に勉強すれば学年でトップクラスに入れるくらいの学力はあるのですが、

とにかく運動音痴なものですから、

「ろくに勉強できないけど、体育だけはできる」

生徒からはナメられっぱなしでしたね。

 

実際、スクールカーストでは常に下位の方でしたし。

アメリカで言えばギークとかナードとかになるんでしょうか。

当時の私の学校では「ヤミ(闇)」とか呼ばれてましたね。

自分たちは光り輝いているとでも言いたいのでしょうか、何と傲慢な!と思いますがね。

 

しかし、当時も、大人になった今も不思議ですけど、

本来は勉強が本分なのに、なぜ体育で学校内の序列が決まるのか?

 

運動音痴なりの考察と結論:世の中はバカが圧倒的に多いから!!

前に記事にしたけど、世の中の大半の物事は、

そのことの何がどうすごいのか?がわかりにくいものです。

 

私は日本酒が好きなのですが、日本酒に全然詳しくない人からすれば、

純米大吟醸だの、山廃だの、生酒だの、雫取りだの、
 

「一体何がどう違うの?」

「高いお酒って何が違うの?」

「飲んでみたけど、違いがわからん!」


ってなるものでしょ? 

別に日本酒に限らず、ワインであれ、観劇であれ、絵画であれ、美食であれ、何事もそうです。


それはつまり「文化資本」というものがないと、
そのことの凄さや素晴らしさを理解することもできないから、

感動や共感に至らないのです。

 
 

で、話を戻すと、

なぜスポーツが小中高と礼賛されるのか?

そして社会に出ても、
体育会系がチヤホヤされ、スポーツ選手は英雄扱いされるのか?

 

シンプルな話です。

かけっことか、ボール遊びとかは、

ややこしい「文化資本」なんてなくても「すげぇ!!」ってなるからです。


要は世の中バカばっかりってことよ。

 

サッカーのリフティングとか、
ボールを遠くに投げられるとか、
足が速いとか、

冷静に考えれば死ぬほどどうでもいいことでも、一番すごい記録を出せば

「すげぇ!」

「かっこいい!!」

ってなるのはつまり、「シンプルでわかりやすい」から。

 

男は基本的に序列をつけたがるから、スポーツが好まれる

運動音痴って基本的に学生時代、暗い思いをすることが多いのは男女変わらないですが、

その度合いの酷さは間違いなく男子の方が強烈でしょう。

 

というのは、男って基本的に、

白黒ハッキリさせたがるし、イチイチ序列をつけたがる生き物でしょ?

 

・学歴はどちらが上か?

・会社のランクはどちらが上か?

・内定が出た数、速さ

・抱いた女の数

・童貞卒業の早さ

・足の速さ

・収入

・貯金額

・腕時計のブランド

・乗ってる車のランク

 

などなど、99%はクソくだらないことですが、

イチイチ序列をつけたがる「おサルさん」なんですよ。色々な意味でね(笑)

 

そんなおサルたちにとって、
スポーツというのはややこしい文化資本がなくてもわかりやすいから、格好の序列ネタになるのです。

 

勉強は点数という数字でしか結果がわからないけど、
スポーツだと過程や姿も見れますからね。

ボールを遠くに投げるとか、かけっことか、重いものを持ち上げるとか、
わかりやすいですよね。

 

女子も女子でキャーキャー騒ぐから、男子(サル)が調子に乗る

でね。女子も女子で、スポーツができる男子(サル)を見て

「かっこいい♡」

「爽やか!!」

なんて騒ぐものだから、
おサルさんたちはますます調子に乗るし、

逆にスポーツできない男子はますます哀れな扱いを受けるんですよね。

 

結局バカばっかりなのは男子に限った話ではないということです。

 

勉強ができるとか、芸術的才能があるとか、他にも数多ある美点・美徳に目もくれず、

文化資本がなくても理解・感動できるスポーツをチヤホヤするのは
「わかりやすい」ためです。

 

まぁ、

たかがボール遊びやかけっこでムキになるサルと、

そんなサルを見て騒ぐブタ、

バカ同士お似合いだなぁ〜

 

って当時から思ってましたがね。

 

まとめ:人それぞれ違いや良さがあると、スポーツ好きはいい加減理解しましょう

人それぞれ、得手不得手が違うのが当然ですよね。

勉強ができる、運動ができる、芸術的感性が高い、コミュ力が高い、商売上手、優しい、ガッツがある、などなど。

 

本来同列であり序列などないはずなのに、

スポーツばっかりがやたら持ち上げられるのは、
世の中「文化資本」や「見る目」のないアホばかりだから。

 

加えて、スポーツ好きな人って基本的に、押し付けや決めつけが強いから、本当うんざりするんですよね。

アホなあんたには理解できない美点が人や世には、い〜っぱいあるんですよ?

ってことね。

 

というわけで今日もスポーツに対する呪詛をガンガン書きました!

東京オリンピックまではマイペースに書き続けるよん。

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