聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重トレのマイスターにして「アンチスポーツの急先鋒」です。目指せ!東京オリンピック中止!!

カテゴリ:聖さんの成功法則 > 気付き帳


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どうも!グータラ求道ブロガー聖ちゃんっす!!

 

私は小さい頃から運動音痴でスポーツ嫌い、集団行動大嫌いなボッチでいじめられっ子、趣味のほとんどがインドア系という感じなので、世間一般から見れば「非リア充」って感じなんですよね。

※…「リア充」「非リア充」って何?って方はググレカス。

 

世間一般でのリア充のイメージって例えば

・友達が多い

・クラスや職場で中心的な立場にいる

・恋人がいる

・学生生活や社会人生活が充実している

・夏は海やバーベキュー、冬はスノボーと、年に数回は海外旅行と、なぜかアウトドア趣味が多い

・クリスマスやハロウィン、バレンタイン、W杯などでみんなと盛り上がる

って感じかな?

 

でも、ハッキリ言いたい。

こんなもんはリア充じゃねぇ!踊らされてるだけの末人じゃ!!

とね。

 

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「末人」と「超人」

「神は死んだ」の名言であまりに有名な哲学者・ニーチェが語る中心思想は、

「末人たるな、超人たれ」

です。

 

「超人」というのは別に、超常的な能力を持つ者や卓越した成果を出している人などのごく限られたスーパーマンのことを指すのではなく、

今がどんな状況であれ、

「昨日より今日、今日より明日、より強くなりてぇ、強くなりてぇんだよ!!」

という感じで、自分の抱く夢なり目標なりに向かって、歩み続ける人のことを指します。

 

一方、「末人」とは、

客観的に見ればどんなに美人・イケメンであっても、いい学校や会社に所属していても、いい土地のいい家に住んでいたとしても、

周りに何となく流され、会社や学校に行き、

昨日と同じ今日を疑問もなくダラダラ過ごし、

いつもと同じ友達や恋人と特に変わりないご飯を食べたりセックスをしたりし、

クリスマスだのワールドカップだののイベントがあれば「何となく」盛り上がって、

そーいった感じで時間を何となく潰して生きていく。。。

本質的に「食って、寝て、糞尿垂れて、繁殖して、何となく時間を潰して生きていく」のと変わりない人たちです。

 

だから私からすれば、

友達が沢山いるだの、

スポーツ万能だの、

モテるだの、

結婚して子供とマイホームを持ってるだの、

アウトドアやパーティーで沢山の人に囲まれてるだの、
 

そんなもんで本当にお前の人生は充実していると、
魂の底から断言できるのか?!


と胸ぐら掴んで叫びたいわけです。

 

真のリア充=自分の夢や目標を持ち、日々近づいている人

なんていうか、全部人から与えられたものというか、受け身というか、踊らされてるだけじゃないっすか。
 

私はスポーツ全般見るのもやるのも大嫌いなんですが、

ワールドカップとか甲子園とかオリンピックとか見て盛り上がってる人たちを唾棄するがごとく冷ややかに見ているのですが、
 

「こいつらの内の何人が果たして、本当の意味で好きで感染したり応援したりしているんだろうな?」


と思うんですよね。

 
 

心から好き!って人は案外少ないんじゃないのかな?

それよりも

 

・みんなが見ているから話を合わせるために見ている(じゃないと、W杯が盛り上がってるのにJリーグが盛り上がらない説明がつかないでしょう)

・4年に一度のイベントだから

・マスコミで連日ニュースになっているから

 

そういう感じで「仕方なく」「流されて」「何となく」やっている人が多いんでは?

所詮は他人事で、大して興味や必要のないことのために時間を無駄に潰しているのなら、
あなたは立派な末人です。

 

末人は、自分なりの夢なり志なり目標なりを持たず、時間を投資することなく、強さを志向することもなく、何となく周りに流されて時間だけ潰しているのです。
 

超人は、他人に振り回されたり影響されたりしたわけではない自分なりの夢や志や目標を抱き、そのための時間を投資し、日々自分なりに歩み続け、挑み続ける者を指します。

 

たとえ今40代で、無職やフリーターであったとしても、友達や恋人が全くおらず、道を歩けば嗤われたり気持ち悪がられたりしたとしても、日々強くなろうとし続けるのなら、
最も厳格な意味において「超人」と言えます。
 

そして仮に実家が大金持ちで、イケメン・美人で、奥さん・旦那さんが最高で、いい会社のいい役職についていて、お金や時間に何不自由がなかったとしても、

毎日何となく時間を潰して、強くなろうと努力や挑戦をしないのであれば、
本質的に「飯食って、寝て、垂れてるだけ」の末人に過ぎないのです。

 

日本人の宗教にして精神的病理は「平均」

何日か前のビジネスブックマラソンというメルマガで、エリエスブックコンサルティング代表にしてビジネス書評のカリスマ・土井英司さんが

「日本人を支配する宗教は、平均」

と喝破されていて、それを読んでいた私は

 

それ!まさにそれ!!

 

と膝を打ちました。

 

平均であろうとする同調圧力、
平均から外れたものを叩いたりいじめたり村八分にしたりする集団心理、
平均から抜き出ようとする者の足を引っ張る嫉妬心、
そしてあまりにも平均から乖離した者には『あいつは特別』『俺たちとは違う』と崇める平民根性。
 
全ては『平均』を信仰するが故なのです。
 
 

序列をつけたがるのに、平均をありがたがる

私が昔から不思議なのは、
偏差値や学歴など、誰が決めたかもわからない数字や指標、ランク付けをありがたがり、絶対視すること。
 
ダニエル・ゴールマンの『EQ』やトマス・J・スタンリー『となりの億万長者』のデータを引用するまでもなく、
小卒の松下幸之助氏や中卒の斎藤一人さんの例をあげるまでもなく、
学歴だのテストの点数だのの絶対性が低いことは高校生の頃から分かっていたのですが、
 
周りの生徒や大人は
『偏差値がこれくらいだからお前はこの程度の人間』
と決めつけてかかるのです。

いやいや、何でよ?
美的センスや行動力、プログラミング、チャレンジ精神、起業家精神、リーダーシップなど、
他にも大事なことはいくらでもあるはずだし、
何より人生は長いのだから可能性や成長は青天井であって然りのはず。
 
なのに、なぜ、学校という狭い世界の中にある、
誰が決めたかもわからない指標によって全てを判断されなければならないのか?
また、運動音痴というだけで「イケてない」「ダサい」扱いをされ、いじめられなければならないのか?
 
結局それは
「自分は偏差値65だから、偏差値65くらいの人間としての平均」
をありがたがっているわけでしょう。
 
偏差値65の人間が選ぶような進路=大学に進学し、
偏差値65の人間が就くような就職先を選び、
偏差値65の人間が付き合うような人と付き合い、
偏差値65の人間がやるような趣味や遊びに興じる。
 
その「平均」は、一体、誰が決めたの?
そして何で、疑いもなく受け入れてるの?
さらに不思議なのは、なぜそこから外れた人を叩くの?
 
 
・・・といったことを考えた場合、
「平均」を崇めることこそが日本人の宗教であると同時に精神的病理であると気づいたのです。
 

『出る杭は打たれる』というより、『出ようとする杭は打たれ、出てしまった杭は崇めらる』のが日本人

結局のことを言えば、AKB総選挙で一人で何千票も投票するファンを『キモい』『バカ』と嘲笑する者たちもまた、
誰が決めて仕掛けたか分からない『何か』に振り回されて踊らされているのです。
 
彼らファン(ヲタ)は、秋元康さんらAKB運営陣が仕掛けたレースなりイベントなりに振り回され、大金をつぎ込み、応援しているわけですが、
 
宗教に金をつぎ込む信者も、
効いているかどうかわからない健康食品や健康器具に金を費やす人も、
占いやヒーリングにどっぷりはまっている人も、
特にサッカーに興味ないのにW杯の時だけ騒いでるバカどもも、
根っこは同じなんですよ。
 
バカは自分のバカを自覚できないが故にバカなのですからね。
 
 
私は自然法則に関して言えば『神が決めたルール』だから従おうと思いますが(ていうか逆らいようがないですが)、
たかが人間が決めたルールや常識など、どこまでも相対的であると思うし、
時には疑い、挑む必要もあると考えるのです。
 
運動神経、スクールカースト、偏差値、学歴、就職先、年収、業界規制…
そんなもんで自分の何もかもを決められ、振り回される筋合いなど毛頭ございません。
 

天地宇宙の真理にして神意は「違うことは尊い」

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星の誕生や生命の進化を大局的に見ていて気づくことは、
木の枝や根が無限に分化していくがごとく、
一つ一つの存在、一人一人の人格や人生、工場の生産ラインで作られるものですら、一つ一つが厳密な意味において違うのです。
 
同じものは無限の宇宙の中で、永遠の時間の流れの中で、一つとして存在しない。
つまり、あなたも、私も、眼に映るあらゆるものも、唯一無二のものなのです。
 
この奇跡を考えれば、
神様が「違うことは素晴らしいよね」と命を与えてくれたのならば、
なぜ、わざわざ誰が決めたかもわからない「平均」をありがたがり、「同じ」であろうとするのか?
 
どこの誰かもわからないそいつは、神様よりエラいのでしょうか?
 
 

「違うこと」を分かり合い、分かち合えることで世界は完全に近づいていく

勉強は得意だけど運動は苦手な子もいる。
運動はできるけど勉強は苦手な子もいる。
学校の勉強はできなくても、新しいことにチャレンジして柔軟に吸収していける子もいる。
勉強も運動も興味ないけど、音楽や美術の才能に溢れた子もいる。
眼に見える成績ではどれもパッとしないけど、その子がいるだけで周りが明るく楽しくなる子もいる。
 
 
一人一人が違うのです。
そしてそれを、単一の数字や序列で無理やり「同じ」にしようとするから、イジメなり差別なりが生まれるような気がしてならない。
 
お互いの「違い」を認め、受け入れ、理解し、分かち合っていけば、
誰かが誰かを踏みつけにすることもなく、みんなが笑い合い、輝いていける、
そんな世の中になっていくのだと思う。
 

まとめ:「違うこと」「強くなること」をどこまでも目指し続けよう

長くなったのでまとめますね。
私が考える真のリア充とは、ニーチェが言うところの超人であり、「平均」の宗教から外れた人です。
 
どこまでも自分らしく、自分にできること、自分がやりたいことを追いかけ、突き詰め、そのための時間を投資し、日々近づいていく。
その道を歩むものこそが本当の意味において自分の人生を生きている、と言えるのだと思う。
 
魂の充実だから、「リア充」というよりは「タマ充」といった方がいいのかな?
 
 
今日の記事長ぇーよ、ボケ!覚えられんわ!!
って方はこの一言だけ覚えといて。
 
「違うことは、尊い」
 
 
それじゃ!!

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突然ですが「EQ」 って単語知ってます?
IQと並べて語られることが多い単語ですが、私は最近になってようやく
「あぁ、EQって要するにこういうことか!」
と悟ったので、記事にまとめてみますね。

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EQの定義

そもそもEQとは
情動の知能指数。いわゆる「頭のよさ」を指し示すIQ(知能指数)に比した概念。IQがおもに「知能」の発達速度を示すのに対して、EQは仕事への取り組み姿勢や人間関係への関心の度合いなどを感情という視点から測定する指数。社会的に成功する者の多くは、情動を調整する能力に長けているとされるが、EQでは問題処理能力や事務処理能力に加え、環境に適応する能力や仕事に対するモチベーションコントロールする力など、知能を多面的にとらえたより実質的な判断基準として、企業の採用や人材育成などの判断材料となっている。

-コトバンク(
https://kotobank.jp/word/EQ-621 より
とのこと。
言い出した人間は誰なのかは定かではありませんが(調べてみると色々な名前が出てくるので)、
ダニエル・ゴールマンが「EQ こころの知能指数」という、そのものズバリなタイトルの書籍を発行し、ベストセラーとなったことで一気に一般化した概念です。


でもね。この説明を読んだり、EQと名のつく書籍や文章を色々読んだりしても、
正直ピンとこなかったんだ。

「IQは左脳で、EQは右脳のことか?」
「IQはロジックで線形的、EQは非ロジックで非線形??」

的な、概念的な、ぼんやりした理解しかできなかったからね。

EQの本質

ですが、最近直観的に、「あ!EQって要するにそういうことなのか!!」
と悟った瞬間が訪れました。

もったいづけずにバシッと言いますね。

EQとは

『その対象(自分、お金、仕事、他人、健康、数字、勉強・・・)と仲良くなって、
うまく付き合うこと』 

です。

全てのものにはIQ的側面とEQ的側面がある

お金であれ、健康であれ、人間関係であれ、仕事であれ、スポーツであれ、学問であれ、
全ての物事にはIQ的な側面とEQ的な側面の両方があります。

IQ的側面とは、

●ノウハウ、テクニック、知識、手順、方法

であり、我々が普段ビジネス書とかライフハック系の文章とかで読むような、
箇条書きやステップ方式で記述されるものです。
「形式知」と言ってもいいでしょう。

ただね。
「その通りだと思うけど、それができないんだよ!!」
って思ったことありませんか??

・いじめられたら、やり返せばいい
・痩せたいなら、運動すればいい
・笑顔で挨拶するのが大事
・常にポジティブに
・ベストを尽くせ

って感じで、言われてもすぐにやれない、できない「何か」があるでしょ?
その「何か」が私はEQだと思っていて、そしてその本質は先にも言ったように、

「その対象と仲良くなって、うまく付き合うこと」

なのです。

物事との関係には3種類ある

自分との関係、他者との関係、お金との関係、仕事との関係、時間との関係、趣味との関係…
そういったものとの関係には

●主人
●奴隷
●友人


の3種類があります。

●主人とは、その対象を支配している関係です。
その対象を理解し、コントロールしているのだけれど、
仲が良いわけではないので、目を離すと裏切られたりすることもある、って感じ。

●奴隷とは、その対象に振り回されている関係です。
例えばお金の奴隷の人は、お金が欲しい欲しいと悩み努力しているのに、一向に稼げず、貯まらず、借金したり督促されたりして、人生の大部分をお金の心配や悩み、問題に突き回されるって感じ。

●そして友人とは、その対象と対等の関係を持ち、仲良くなってる関係です。
「理を掴む」というか、愛着でつながっているので、インスピレーションが降ってきたりして、
特別努力しなくても、スムーズに物事が進むって感じ。
この関係が築けている人間の特徴は「素直」。ノウハウを学んだら即実践し、あっという間に吸収してしまう。


「主人」と「友人」の違いは、愛着の有無や理合の把握もそうですが、

・特別に勉強したり観察したり努力したりしないと、コントロールできないのが「主人」
・離れたり遊んだりしていても、心の深いところで愛着や理合でつながっているので、ヒントやインスピレーション、運や縁が「向こうから」降ってくるのが「友人」

って感じ。

EQを高める第一歩

じゃあどうすれば、「奴隷」でもなく「主人」でもなく「友人」となれるのか?

その基本にして奥義にして第一歩は
その対象と向き合うこと
です。

例えば私は、健康に関して言えば明らかに「友人」だと思う。
なぜかと言えば

・達成しようと思った目標はほぼ達成している
・「身体の声」が聴ける

から。
ではなぜそういう関係を構築できたかと言えば、

「健康」や「肉体」といったトピックに向き合う時間、頻度、熱量を高め続けたから
に他なりません。

要は好きだし、興味があるからなんですよね。
だから嫌いなことや苦手なことだと、「友人」になるのは正直とても大変。

なのでちょっとでも好きなこと、興味のあること、やってみようかなと思うことは、

・向き合う時間の総量
・向き合う頻度
・向き合う熱量

を少しずつでも確保し、高め続けることが、そのトピックと「友人」になれる秘訣です。

お金と仲良くなりたいのなら、お金について考えたり勉強したりする時間を持つ!

って感じでね。


参考になりましたでしょうか?
ではまた。


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「仕事がつまらない」
「どこかにいい男(女)いないかな?」
「好きなことややりたいことがよく分からない」
「人生つまらない」

こういった、よく聞く悩みには共通の原因があるなと思っていて、それが最近ようやく言語化できてきました。

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パッケージ化と最適化

結論から言ってしまえば、上記の悩みの根本原因は「受け身で生きてるから」です。
「いい会社」
「素敵なパートナー」
「ライフワーク」
「素敵な人生」
全て「外」に求めていて、それをただ待っているだけ。

言うなれば、既製されたパッケージを求めているということです。
ただ、それは「誰かによって作られたもの」であるので、
自分のためだけに作ってくれたわけではないのです。
だから、100パーセント完全にしっくりくることなどはありえない。

完全にしっくりくるようにするには「最適化」という作業を行う必要があるのです。

ノウハウ本が役に立たない理由

仕事であれ人間関係であれ、やたらとノウハウ本を読み歩いては
「つまらない」
「役に立たない」
とブーたれている人がいます。まぁかつての私なのだけど。。。

でも、それはその著者によって作られたパッケージなので、あなたのためだけに書いたわけではないのだから、多かれ少なかれ自分に合わない部分は絶対出てくる。

そもそも、その著者の教えというのは、

・著者の持っている才能や能力
・著者の置かれている環境や状況
・著者がやっている仕事や活動

に最適化された教え
なのです。


つ・ま・り、
著者とは違う才能や能力を持つあなたが、
著者とは置かれている環境や状況が異なるあなたが、
何よりやっている仕事や活動が別なあなたに、
100パーセントしっくりくるわけねーだろ!!

ってわけ。

既製のパッケージを最適化し、自分のモノにする秘訣

武道などの「道」がつく体系には「守破離」という教えがあります。

「守」とは、教えを素直に守って実践すること。
「破」とは、教えに新たな要素を付け加えたり、逆に削ったりしていくこと。
「離」とは、「守」「破」を経て、自分独自の「道」へと昇華していくこと。

で、「パッケージの最適化」とはズバリこの「守破離」を実践することですね。

まずは「うまくいっている人」「先生」の教えを素直に実践し、愚直に継続する「守」のプロセスを経ます。
んで、ある程度モノになった・手応えが感じられるようになったら、
少しずつ「破」っていってみましょう。

・新しい要素や教えを試してみる
・教えの中の「これいらねーんじゃね?」って部分を削っていく

というように、失敗を恐れずに「実験」するような気持ちでやってみましょう。
失敗したら否応無しに考えるはずですし、ビジネス的に言えばPDCAサイクルを回すことになるので、
どんどん実験し、失敗(フィードバック)から学んでいきましょう。

そうするとやがて100パーセントしっくりくる「自分流」が見えてくるので、
あとはその道をガンガン突き進んでいくのです。

与沢翼さんのような「金持ち」「有名人」に憧れなくなった

話はちょっと飛ぶのですが、私も25歳くらいまでは、与沢翼さんや、ライブドアの頃のホリエモンのような、
「成功者」「金持ち」
に憧れていました。

・世界を狙う、でかいビジネス
・たくさんの従業員を率いる
・世界中を飛び回って八面六臂の活躍をする
・豪邸やタワマン、別荘を所有
・フェラーリやベンツ、ロールスロイスなどの高級車をキャッシュで一括購入し、複数所有
・モデルや女子アナなどの美女と付き合い放題、ヤり放題

という感じのね。
でも、だんだん違和感を憶えるようにもなって、
「この違和感は一体なんなんだろう?嫉妬とは違うしなぁ。。。」
とぐるぐる考えていたのですが、これが最近ようやく言語化できました。

上記のイメージはまさに、世間で用意されている
「金持ち」「成功者」「有名人」というパッケージ・記号・役割
に他ならず、
自分らしさというか、「自分なりの余地や工夫」がないことに違和感を感じていたのだと、
気づいだのです。

人や世間によって用意されたパッケージに無理やり自分を当てはめるのではなく、自分なりの「道」を生きている人こそかっこいいなと思うし、憧れるし、目指している。
そんな私だから、与沢翼さん的な、パッケージ的金持ちにはもう憧れがなくなっちゃいましたね。


というわけで、自分なりの道を進んでいきましょう。
そこにこそ自分らしさや幸せ、才能が眠っているのですから。

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2014-04-13-01-35-34


「何のために生まれてきたのだろう?」

「人生の意味って何だろう?」

って考える時って 、大体ネガティブな時や、人生が上手くいっていない時ですよね。

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何かを楽しんでいる時や夢中になっている時には「人生の意味」なんて考えたりしない

人は、仕事が充実していたり、恋愛を楽しんでいたり、何かに夢中になっている時には、「人生の意味」なんて哲学的な問いはしません。

例えばディズニー大好きな女子大生たちがディズニーランドへ行けば

 「ミッキー!ミッキー!!」
 「超楽しかったよね!また来よう☆」
 「アタシら、ズッ友(ずっと友達)だよ♡」

なんてハシャギながら盛り上がっているものであって、
そんな中で「私の人生の意味とは一体??」なんて考えている人は、心が病んでいる人以外は、まぁいません。

何が言いたいかって、こういう問いは要するに
「今、満たされてない」
「今、何かがうまくいっていない」
時に頭の中で起こる病みたいなものだということです。


デンマークの哲学者・キルケゴールも言うではありませんか。
「人生とは、解決すべき問題ではなく、経験すべき現実である」
と。


人は皆、何かに酔っ払ってないとやってられない

「進撃の巨人」にて、ケニー・アッカーマンというキャラクターが出てきます。

どんな巨人もバッタバッタとなぎ倒す最強キャラにして人気ナンバー1キャラ・リヴァイ兵長の幼い頃の育ての親なのですが、彼の台詞で

「俺が…見てきた奴ら…みんなそうだった…」
「酒だったり…女だったり…神様だったりもする…」
「子供…力…一族…王様…夢…
みんな何かに酔っ払ってねぇとやってらんなかったんだな…
「みんな…何かの奴隷だった…」

というものがあります。

この「酔っ払う対象」があって、それに酔っ払っている時は「生きる意味」などというものは考えずにいられるというわけ。

「酔っ払う」=思考停止

大学を卒業し、新卒からずっと同じ会社で働いている人は、その会社に「酔っ払って」います。
スポーツが好きな人は、スポーツに「酔っ払って」ます。
特定のチームや選手を応援している人は、その人に「酔っ払って」ます。
偉い誰かを尊敬・崇拝している人は、その方に「酔っ払って」ます。
アイドルのファンは、アイドルに「酔っ払って」ます。
特定の政党を支持する人は、その政党に「酔っ払って」ます。
特定の宗教を信仰する信者は、その宗教に「酔っ払って」ます。
恋人に夢中な人は、恋人に「酔っ払って」ます。
子供を溺愛する親は、子供に「酔っ払って」ます。
夢を追いかける人は、夢に「酔っ払って」ます。

何かに夢中になっている時って、それ以外のものが目に入らないものだし、思考が停止してしまいがち。
あるいは、考えようにもフィルターがかかって、なかなかニュートラルには考えられません。

スポーツ嫌いな私が、野球という競技の素晴らしさについてニュートラルに考えられないようにね。
あるいは、中国嫌いな人が、中国という国について冷静かつ客観的に見ることができずに「だからこの国はダメなんだ!」と捻じ曲げて解釈するように。

あらゆる「酔い」が覚めた時が「悟り」の瞬間

つまりは、酔っている最中の人って、その対象に酔っ払ってない人が客観的に見れば「異常」だったりするんですよね。

明らかなブラック企業で、パワハラなども横行しまくっているのに、その会社しか知らないので
「社会人とはこういうものだ」
「会社とはこういうものだ」
「これが常識なんだ」
と思い込んでいる人がいたとして、

その業界の外の人や、転職経験者からすれば、
「いやいや、おかしいっしょ」
ってなるものでしょ?

「業界の常識は世間の非常識」ってやつです。

しかし、「おかしいっしょ」と指摘している人もまた、夢とか恋人とか子供とか、何かに酔っ払っているものです。

多分、そういういろいろな「酔い」から覚めて、世界や物事のあるがままを見て受け入れられる状態が「悟り」なのだろうなと私は思う。


強さと、勇気と、ほんの少しの賢さがあれば酔っ払わなくても幸せに生きていける

でも、ケニーが言うように「何かに酔っ払ってないと」人はやってられないところがあるものですよね。
ずっと思考を働かせているのって面倒くさくてしんどいから、手っ取り早く思考停止したいものだし、
見たくない現実だって山のようにあるから、見て見ぬ振りして現実逃避できるように「酔っ払う対象」が必要になるわけでしてね。

でも、人生のある時に、その「酔い」が覚めた時に、崩れそうになる自分を保っていられる強さと、
自分に向き合って自分を知る勇気、
「今何に酔っ払っているのか」を把握できる程度の賢さが最低限、必要なのではないかと思う。

そしてどうせ酔っ払うのなら、
酔いが醒めた時に「ああちくしょー…やっちまった…」と後悔するような「酒」ではなく、
「まぁいっか。美味しかったし、良かった」と思える「酒」を選びたいものです。


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去年は「ミニマリスト」という言葉が流行りまくってたわけですが、
私自身、昔からミニマリスト的なところがあって、
モノは極力持ちたくない&置きたくない人なのです。

そんな私が
「みんな!当たり前のように持ってるけど、それ本当に要るか?(いや、要らねぇ〜だろ!)」
と提言したい家電やパソコンの周辺機器をざっとご紹介。

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テレビを捨てるだけで自由時間も部屋のスペースも大幅に増えるよ!!

家族がテレビ大好きだったこともあって、私も10代の半ばまではテレビっ子でした。
だけど、大前研一さんをはじめ、色々なビジネス書の著者が
「テレビを捨てて、自由な時間を確保しよう」
と提案していることに影響(洗脳)されて、思い切って捨てて、もう10年くらい。

結果として、全く困ってませんね。
テレビって、あるとついつい電源を入れて、特に見たいわけでもない番組をダラダラ見続けて気づいたら何時間も経ってたりするけど、その「何時間」がまるまる自由な時間になるわけでしてね。

あと、テレビって、特に最近は大画面のものが安くなっていることもあって、
薄くなってもテレビ台やらレコーダーやらを含めると結構なスペースをとります。
逆に言えば、そのスペースが空になるだけでも一気にミニマリスト的な空間に近づくわけです。


プリンターって必要?そもそも普段、そんな印刷しねーだろ

パソコンを買うと、半ば思考停止したようにプリンターも一緒に買ってましたが、
冷静に考えると、普段そんなに印刷しないですよね。
名刺とか年賀状とかぐらいか?

でも、そんな突発的なイベントだけのためにスペースを邪魔されるくらいなら
「いっそ捨てちまえ!!」
と思い立って、早3年。

結果として全然困ってませんね。
印刷するものがあったらUSBメモリを持参して近所のセブンイレブンに行けばいいだけ。
モノクロ印刷なら1枚10円だから大した出費でもないし、
プリンターなんて要らんかったんや!!


炊飯器でご飯を炊くより、土鍋でご飯炊くと美味くて感動するよ

これは割と最近の話。
▼こちらの土鍋を使っとるわけですが、

2000円ちょいだけどコストパフォーマンスは最高!

「土鍋でご飯を炊くと、マジで美味い」
とは聞いてましたが、マジでしたね。

もともと白米にさほどこだわりはなかったのですが、
香りもいいし、おこげもできるし、
もう毎食のご飯が楽しみです。

壊れたところで、また買えばいいだけだし、高い炊飯器を買ってる人が信じられません。


本棚は、あればあるほど本が際限なく増えてく

私は速読することもあって、全盛期は部屋中本で溢れていました。
だけど、当たり前ですが、ほとんどの本は二度と目を通すことのないものばかりなので、
スペースがマジで無駄。

時間管理の世界で「パーキンソンの法則」というものがあります。
本来であれば1日でできるようなタスクであっても、1週間を割り当てられたら、
1週間という時間をまるまる・ギリギリ使うように「なぜか」なってしまうというもので、
要は
「あればあるだけ使ってしまう法則」
ですね。

んでこれは時間に限らず、お金や、スペースにも言えることでね。
「これだけあれば大丈夫だろう」ってくらい本棚のスペースが大量に余ってても、
気づいたら埋まってんですよ。なぜか。

そうならないためには、スペースを限定しておく。
もっと言うなら、本棚や整理用品を買い足さない。

溢れたものはメカニカルに捨てるようにすれば、無駄な本はどんどん消えていきます。


常識を疑って自分の頭で考えれば、すっきりした人生を送れる

上で紹介したように、なんとなく「これは必要だろうな」と思ってる物って、冷静に考えれば要らなかったりする。

多分私達は、
マスコミに洗脳されたり、
企業のマーケティングに踊らされたり、
他人の足並みに合わせられたり、
・・・ってことをやっているうちに思考停止して、自分らしさを失っていくわけで。

断ること、捨てることは、誇りと自分らしさを取り戻せる良い機会です。
モノのファスティングというか、定期的に自分の生活を見直してみると人生のクオリティが上がると思うよ。


ではね。


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