聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重の筋トレを極めんとしてるマイスターだけど、スポーツ全般見るのもやるのも大嫌いな「アンチスポーツの急先鋒」です。あぁ!東京オリンピック中止にならんかなぁ〜!!

カテゴリ:聖さんの成功法則 > ライフワーク

サラリーマンが安定している、気楽な稼業なんていつの話ですか?って感じの世の中。
一つの収入源だけでは、会社が倒産したり、リストラされたり、
そこまでいかなくても左遷されたり、理不尽な命令をされたりしたときに、
自分で収入源を創り出す力さえあれば、堂々と気高く「さようなら」と言えます。


ヤフオクなのか、アフィリエイトなのか、ECサイト運営なのか、クラウドワーキングなのか、
ともかく「副業」の選択肢はとても多い世の中。

でも、片手間でお金を稼ぐとなると、それなりに考えたり努力したり時間をかけたりしなきゃいけないわけで、
ステップを示してみますね。


● まず目指すレベル:収入が毎月1万円

働きながらの片手間であってもこれをクリアできないのなら、素直に働いた方が良いです。
残業する、アルバイトする、今居る会社で出世を目指す方が、あなたにとっては費用対効果が高いということですから。


● 収入が毎月5万円

ちょっとした家賃を稼げるくらいの金額ですね。
家賃の心配をしなくて良くなると、手元にのこる金が多くなる貯金や遊びにかけられるお金が多くなるわけで。
実家暮らしの社会人が沢山貯金出来るようにね。
働きながらの片手間でこのレベルまでこれるのなら、もっとエネルギーをさけば次のレベルへ行くのはそう難しくないのです。
自転車の漕ぎはじめが一番しんどいように、まったくの0から数万円を稼ぐのが一番大変なのだから。


● 収入が毎月10~15万円

失業してもなんとか(一人で)食っていけるレベルです。
私の収入に対する考え方として、

・(一人で)食っていけるレベル
・(家族を)養っていけるレベル
・(他人を)援助できるレベル

があります。具体的な金額がいくらになるかは、家賃やローン、家族の人数などに左右されるので何ともいえないですが、
毎月の収入が10~15万円あれば、とりあえずは食っていけるでしょ?


● 収入が毎月20~30万円

家族をなんとか養っていけるレベルだと思います。
私の知り合いで、額面の月収30万円で、病気で働けない奥さんを養っている方も居ますし。

貯金したり、旅行などの贅沢をある程度したいのなら、パートでもいいから仕事をするといいでしょう。
自分で作り出した収入源からの収入がある程度ある状態なら、パートも余裕を持って取り組めます。
嫌な事があっても堂々とやめられるし、面接で失礼な態度をとられたりふざけた要求をされたりしても爽やかにNOと言えます。


● 収入が毎月100万円

副業一本でやっていっても良いレベルです。
先に述べた「他人に援助出来るレベル」でもあるでしょう。

ここまでくれば、もう本業にしてしまってもいいでしょう。
私も現在、このレベルを目指している最中ですし、独力で月収100万円を達成できたら、
「自分、結構すごいじゃん!」と思えますよね。



機能している収入源の数を増すこと、それが新時代の安定性です。
ゼロから独力で収入源を作り出せる力こそ、安定と自由の揺るぎない基盤。

とりあえず副業や起業を目指す方の参考になればと思い、まとめました。

ではでは。

仕事って人生の大部分を占める、なんというかメインディッシュ的なモノだと思う。
その仕事が充実しているということは、人生の大部分が充実しているということになるので、
やはり
やりたいことを仕事にしたり、成果を出したり、自分の才能や能力を開発して活用したりするのは
とても大事なことでしょう。


日々やりたいことをやって、それがいくらかお金になる状態ってのは、毎日が楽しくて仕方がないことでしょ。
ただ私は、「好きなことで金を稼ぐ」ことにも段階があると考えている。


1. (自分一人が、何とか)食っていけるレベル

これはカンタンですよね。
家賃を払い、健康保険や年金や税金もキチンと払い、電気・ガス・水道・通話料金を毎月キチンと払い、キチンとした食事をとって、安くても服を着られる状態。
どこに住んでいるかとか、借金やローンの情況にもよるけど、
だいたい年に100~300万円もあれば何とか食っていけるでしょう。

ちなみに私は、結婚していないこともあるからだけど、この段階にいますね。


2. (家族や子どもを)養っていけるレベル

結婚して、子どもを産み、彼ら彼女らの養育費やらなんやらをキチンと稼げる段階ですな。
子どもが何人いるかとか、どの学校に通わせるかとかで変わってくるけど、
年収500~700万円くらいじゃないかな。


3. (他人を)援助できるレベル


自分や家族が余裕で生活出来て、
欲しいものを手に出来たり、やりたいことが出来たりしてもなおお金が余る状態です。
具体的な金額がいくらぐらいになるかはイマイチ定義しづらいけど、
年に手取りで1500~3000万円もあれば、まぁ十分「援助できるレベル」にあると思う。

余ったお金を貯め込んだり、豪遊に使ったりも出来るでしょうが、同じそのお金で他人を援助する使い方もできると思う。
てか私が思うに、お金って「人助け券」でもあると思うんです。
たとえば3000円もあれば、貧困国や途上国で失明した人に光を取り戻す手助けが出来たりしますし。
ノブレス・オブリージュの精神で、少しでも持てるものがあるのなら、困っている人や救いを求める人に寄付をすると、自分たちだけのスモールHAPPYとは違う喜びや幸せを見つけられる。

ただし、無理のない気持ちいい範囲でね。
与えすぎると枯渇するし、かといって貰うだけだと澱み腐っていくのが人間ってもんですから。
生活保護受給者がやたら態度がでかくて権利意識・被害者意識が強かったりするのは「貰っているだけ」の状態だからだし、
女の人に寄生するDV男もまた「受け取るだけ」だから澱み腐った結果として暴力を振るうのです。

「与える」と「受け取る」の自然で気持ちの良い循環が、自分や家族の人生のみならず、世界をより良い方向へ変えていく切っ掛けになると思います。
そしてその元が、自分の好きなことや自分だけの才能であれば最高に幸せなことでしょう。

ではでは。

「なんのために働くか?」
「働くことでなにが得られるか?」
ちょっと考えてみる。

真っ先に浮かぶ回答は
「お金のため」だよね。
お金がなきゃ食ってけないし、雨風をしのげないし、家族を養えない。

でも、じゃあお金さえあれば人は働かなくなるのか?
たとえば宝くじに当たったり遺産相続なりで一生食えるお金が手に入れば、誰もが皆ニート化するのか?


そんなことはないでしょう。
仕事が好きな人は働くだろうし、そうでなくても暇や体力を持て余すと人は何かをしたくなるもんじゃない?
つまり働くことで得られるものは、お金だけではないのよ。


じゃあお金以外、他に何があるのかなぁ?
って考えたら、この二つが浮かんできた。

1. コミュニティ

2. アイデンティティ



まずコミュニティだけど、たとえばマッキンゼーでコンサルタントをやっているのなら
「マッキンゼー」という組織(コミュニティ)に属しているわけだし、
同時に「コンサル業界」という業界(コミュニティ)にも属するわけですよ。

家族とか友達とか趣味とかとは違う「社会人的なコミュニティ」に属することが、働くことによって得られるのが特徴なのです。

そしてそこが居心地が良かったりするから、働いていたりもするんじゃないのかな。


んで、2番目のアイデンティティなんだけど、これってかなり強力な働くためのインセンティブだと思う。
というのは、初対面の人に挨拶する時に必ずされるであろう質問の代表格
「お仕事は何をされているんですか?」
にどう答えるかがまさにアイデンティティであり、そこがなくなると個人としてのアイデンティティも崩れてしまう人って結構いたりするからね。

会社ではそこそこのポジション。
脇目も振らずバリバリ働いてきたけど、パートナーとの関係は冷え切っており、子供は他人同然。
趣味もこれといってなく、⚪︎⚪︎会社の××という自分がなくなってしまえば、果たして自分に何が残るのだろう??
ってタイプの人ね。

そのアイデンティティを失いたくない&確立したいからこそ、人は働くのではないのかなとも思う。




で、社員研修や自己啓発でお馴染みの理論「マズローの欲求段階説」に、今までの話はそのままつながる。
maslow














最初の「お金のため」は第一段階の「生存欲求」と第二段階の「安全欲求」そのものだし、
コミュニティを求めるってのはズバリ第三段階の「所属欲求」でしょう。
んで、アイデンティティのために働くのは第四段階の「承認欲求」に相当するし、
なんというかマズロー先生はシンプルにして深いフレームワークを遺されたなと感嘆する次第ですよ。


「承認欲求」ってのは、要するに
「俺はすごい」「自分は価値ある存在だ」「私は特別だ」
っていうちやほやされたい欲求なんだけど、これって厄介でね。
食欲と性欲を克服したヨギ(修行者)でも「自己重要感というか、尊厳欲求は克服が難しい」と告白するくらいだしね。

多分、人間存在の根本に関わるものだし、「生きた証」「人生の意味」「生きてきた足跡」といった精神的・魂的な欲求だから、
人は衣食住足りるだけでは満足しないのでしょう。







ところで、マズローの欲求段階の最終段階である「自己実現欲求」や、
(晩年に追加された説だけど)自己実現を超越した欲求「コミュニティへの貢献欲求」を満たす働き方はないのだろうか?

なんでこんなことを言うかって、第一〜第四の欲求って、欠乏欲求と言って、
満たされたら満足という、なんていうかTakeな欲求なんです。
でもでも、自己実現欲求や自己超越欲求は、成長欲というか、先の4つとは異質なのですよ。
実現できたら「もっと実現したい」と成長し、
自分の周りの人に貢献したら「もっと多くの人に喜ばれたい」と成長するのが
上位2つの欲求。

自分を成長させること、人に与えることを成長エンジンにできれば、いい循環に入れるからね。
(自発的にどんどんスキルアップする人や、積極的に人に貢献しようとする人が、世の中が放っておくわけがない)


じゃあとうすればエンジン化できるか?
私が思うには、働くことを「天職化」することだと思う。
要するに、働くことによって得られるもの(お金、コミュニティ、アイデンティティ‥‥‥)を目的とするのではなく、働くことそのものを目的とするということ。
接客なら接客、トイレ掃除ならトイレ掃除、コンサルティングならコンサルティングそのもの、活動そのものを愛すること。
それが「天職化」ね。


そんなのムリ!って感じかもしれないけど、面倒臭いことや嫌なこともあるだろうけど、やっていて「楽しいな」「嬉しいな」と思う活動や要素ってあるでしょ?
それに意識をフォーカスし、極大化していくのが天職へのプロセスなのですよ。



まとめるとね。
私は働くことって、ゲームの一つだと思うんだ。
義務とか常識とかは置いておいてね。

ゲームって、別に何かを得るためにやるわけではなく、好きでやっているわけでしょ?

つまりは「行為そのもの」「活動それ自体」を愛している感じじゃないですか。
マリオカートを楽しくやっているのなら、マリオカート自体が上手くなることが、報酬であり、得られること。
そしてそれがまさに「自己実現」だからね。


ゲーム感覚で、楽しく、目の前の活動を愛せるようになれば天職を生きられる。

ではね。

メキシコの漁師のたとえ話をご存じでしょうか?
知っているという方も、何それ?な方も、今一度ご覧下さい。


↓↓



☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 



メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。


メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、


「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」


と尋ねた。 すると漁師は


「そんなに長い時間じゃないよ」


と答えた。旅行者が


「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」


と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。


「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」


と旅行者が聞くと、漁師は、


「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」


すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。


「ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。 やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。その頃にはきみはこのちっぽけ な村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」


漁師は尋ねた。


「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」


「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」


「それからどうなるの」


「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」


と旅行者はにんまりと笑い、


「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」


「それで?」


「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」




☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 



さて、この話にはいくつか教訓がありますよね。


まずは「結局今と変わんねぇーじゃねぇかよ!!」ということ。
アメリカの労働者などは、アーリーリタイヤメントを目指して若い内は死ぬほど働いて財を蓄積しようとするものですが、
じゃあ、財を成した後に何をするのか?
どんな生活を送りたいのか?
プライベートや健康を削りながら追い求める「見果てぬ夢」とは?

と訊いてみると、
「タイで長期旅行したい」
「ビーチの側でのんびり毎日を過ごしたい」
「ワイナリーを買収し、好きなワインをつくって飲む毎日を送りたい」
「中国をバイクで横断したい」
「オーストラリアをキャンピングカーで一周したい」
「カリブ海諸島を航海したい」
という感じだったりするのですね。

でも、実はこれらの夢って「財を成す」なんて遠回りなルートを経なくても
直接叶えることだって出来たりするんです。
メキシコの漁師は、アメリカのアイビーリーグの学位を持っているような若者たちが夢見ている生活をすでに実現している。

でも、彼は学位も金も持っていない。
何か気がつきませんか?
自分をごまかしていませんか?
ってことね。


次の教訓は「望んでもいない人間に“もっと、もっと”と勧めたり煽ったりすることは大きなお世話」ということ。

私の話になりますが、健康オタクなものでジョギングを結構ガンガンやってたりするんですね。
週に一回は10~20㎞のロングランをしたりするくらい凝っているのですが
こういう話をするとかならずこう言ってくる人がいるんですね。
「フルマラソンに出場しないの?」
「トライアスロンに挑戦すべきだ!」
ってね。

これは私からすれば「大きなお世話」なのですよ。
私は健康に興味があるのであって、スポーツには全く興味がありません。
「せっかく出来るんだから、やれる内にやっておかないと勿体ない」と言われたりもしますが、
私の見解として、自分がまったく興味もないものに
お金や時間やエネルギーを費やすほうが「勿体ない」のですよ。
今の状態で十分満足している人間が、「もっと」を求めると、余計なストレスを抱えるだけ。

年収300万円だけど好きな仲間と楽しい仕事をしている生活、それに心底満足している人に対して
「もっとハードに働いて、ガンガン自分を世の中に売り込んで稼ぐべきだ!そうしたら年収が3000万円、いや3億円や30億円だってゆめじゃない(かもしれない)!」と煽るのって、
私は非常に無責任かつ傲慢な行為だとおもうのですよ。
煽っている人間は何も汗を流すこともないし、傷つくこともないし、悩むこともないし、痛みを抱えることもないですからね。

にもかかわらず、意味も目的も無い「もっともっと」のパワーゲームに駆り出そうとする。
私生活や結婚、育児、健康、静かな時間の全てを犠牲にする際限なき無間地獄。
手段が目的化すると、「もっともっと」が目的になるから死ぬまで終わりがないのです。


そして、私が内心思っていることですが、
特に親しいわけでもない相手に「~すべき!」「○○しなさい!」と断定口調でモノを言ってくる人間は、
基本的には胡散臭いんですね。
コンサルタントであれ、占い師であれ、人に対してアドバイスする職業の人なら尚更です。
こういう人間ほど、いざ予言が外れたら、見苦しい言い訳をしたり、知らんぷりしたり、責任転嫁したり、逆ギレしたりなどしてくるものでね。


まぁ色々書きましたけど、
このメキシコの漁師の話は、色々考えさせられるので
折に触れて読み返したいなと思い、紹介しました。


ではでは。

仕事にせよ、遊びにせよ、家事にせよ、
何かをやる時には
・嬉々と行う
・淡々と行う
・嫌々で行う
というように、関わり方や感じ方が違うものです。


仕事や家庭で何か悩みがある時に、旅行に行って楽しい思いをしたとしても、なんか心から喜べなかったりすることって、ありません?
温泉にのんびり入り、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちながらも、何か心のどこかに暗くて重いものがあるかのように。

別の人は心から楽しんでいるのに、自分は何故かどんよりしていたり、
以前は心から楽しめたものが、あまり楽しめなくなっていたり。

そういう時って、あるものでしょ。


「仕事」と一口に言っても、実際は色々な「作業」がパッケージになっているものですよね。
メールの返事を書くとか、電話するとか、書類をまとめるとか、企画を考えるとか、色々な個々の作業がある中で、
・重要な作業
・大して重要ではない作業
と分かれているもの。

あなたに後輩や部下がいるのなら、大して重要ではない作業は、全部丸投げしてもいいかもしれません。
でも、大抵の人が「くだらない」「つまらない」あるいは「汚い」「キツイ」「危険」(=3K)と思っている作業でさえも、嬉々として行う人がいるものでね。

ある人にとっては嫌な作業が、別の人にとっては喜びになる。

場合によっては、天職にすらなり得るのですよ。



本田健さんが「ユダヤ人大富豪の教え」で書かれているライフワーク探しのヒントとして
「好きなことを見つけるベストの方法は、今やっていることが何であれ、それを愛することだ」
と書かれていましたが、
私もこれこそが、ライフワークを見つける最大の王道だと感じます。

なぜなら、
ライフワークとは、
仕事ではありません。
活動や作業ですらありません。

ライフワークとは、
静かなワクワク、心の平安、愛と信頼と感謝の境地の中に生きることなのですから。



それでは。

↑このページのトップヘ