聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重トレのマイスターにして「アンチスポーツの急先鋒」です。目指せ!東京オリンピック中止!!

カテゴリ:聖さんの成功法則 > ライフワーク

「好きなことが見つかりません」
「毎日退屈で虚しいです」
という方のためにちょっとヒントを。

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● 止める方が難しいこと
● 人(親、先生、上司、友達、恋人…etc.)から「止めろ!」と言われても止められないこと

これがあなたの「好きなこと」
ですよ。

「つまらない」
「退屈」
「やりたいことって何かないかなぁ」
みたいなことをフワフワ考えている時って、
要は目の前の活動や対象に没入・集中出来ないからそうなるんです。

逆に言えば、目の前の事に没入・集中している時はそんなことを考えないから、中々気がつけないもの。
私の場合、瞑想や筋トレなどの「心身を鍛えること」はまさにそういう活動ですね。


で、新しくそういう対象を見つける場合、覚えておくべきなのは
「ある日突然、もの凄くハマれる・熱中出来ることに出逢う」
ことはまずもってあり得ないということ。


わたしがよく使う「情熱の4段階」というフレームワークがありまして


 ● その気⇒「面白そう」「やってみよう」「なんか気になる」という種火の段階。

 ● やる気⇒「やりたい!」「もっと!」「まだまだ!」とモチベーションがガンガン沸き立って燃え上がっている段階。

 ● 本気⇒「誰が何と言おうとやる!」という不退転の境地。

 ● 狂気⇒自分を含めて何者にも止められない偉人・天才・狂人の領域。



これのポイントは「最初は『その気』の段階からスタートする」ということ。
自分探しをする人や、やりたいこと難民は
いきなり「本気」の対象を探そうとしますが、それは無理な注文であって、
いくつか見つけた「その気の種火」を実際に燃やしてみて、やる気や本気へと育てていく必要があるんです。

一番ダメなのは、「その気」を無視して行動しないこと。
弱い種火ですから、放っておいたらそのうち消えちゃう。
だから、「面白そう」「気になる」のなら、とにかくやってみよう!

という啓発的なお話です。


そして挑戦的なお話もさせて頂くと、
私は人生って「本気になるかどうか」だけの勝負だと考えています。

本気になれば全てが上手くいく、という楽観論ではなく、
本気になれる対象をもって、それを生きているとき、その人は、他人や世間をみてどうかはともかく、
幸せだからです。

私の場合、筋トレや瞑想などはすでに「本気」の域にあって、誰がどんなことを行ってこようと
「やる」ことを止めませんし、それを続ける限りは「成長」し続けますし、そのプロセスが「楽しい」んですね。


それも、瞑想本を何の気なしに手にとって読んでみて「ちょっとやってみるか」というように
その気の種火を燃やしてみたことがスタートとなっているのです。

あなたがやる「ちょっと」は数ヶ月後や数年後には「ものすごいこと」へと育っていることでしょう。


ではでは。

仕事って人生の大部分を占める、なんというかメインディッシュ的なモノだと思う。
その仕事が充実しているということは、人生の大部分が充実しているということになるので、
やはり
やりたいことを仕事にしたり、成果を出したり、自分の才能や能力を開発して活用したりするのは
とても大事なことでしょう。


日々やりたいことをやって、それがいくらかお金になる状態ってのは、毎日が楽しくて仕方がないことでしょ。
ただ私は、「好きなことで金を稼ぐ」ことにも段階があると考えている。


1. (自分一人が、何とか)食っていけるレベル

これはカンタンですよね。
家賃を払い、健康保険や年金や税金もキチンと払い、電気・ガス・水道・通話料金を毎月キチンと払い、キチンとした食事をとって、安くても服を着られる状態。
どこに住んでいるかとか、借金やローンの情況にもよるけど、
だいたい年に100~300万円もあれば何とか食っていけるでしょう。

ちなみに私は、結婚していないこともあるからだけど、この段階にいますね。


2. (家族や子どもを)養っていけるレベル

結婚して、子どもを産み、彼ら彼女らの養育費やらなんやらをキチンと稼げる段階ですな。
子どもが何人いるかとか、どの学校に通わせるかとかで変わってくるけど、
年収500~700万円くらいじゃないかな。


3. (他人を)援助できるレベル


自分や家族が余裕で生活出来て、
欲しいものを手に出来たり、やりたいことが出来たりしてもなおお金が余る状態です。
具体的な金額がいくらぐらいになるかはイマイチ定義しづらいけど、
年に手取りで1500~3000万円もあれば、まぁ十分「援助できるレベル」にあると思う。

余ったお金を貯め込んだり、豪遊に使ったりも出来るでしょうが、同じそのお金で他人を援助する使い方もできると思う。
てか私が思うに、お金って「人助け券」でもあると思うんです。
たとえば3000円もあれば、貧困国や途上国で失明した人に光を取り戻す手助けが出来たりしますし。
ノブレス・オブリージュの精神で、少しでも持てるものがあるのなら、困っている人や救いを求める人に寄付をすると、自分たちだけのスモールHAPPYとは違う喜びや幸せを見つけられる。

ただし、無理のない気持ちいい範囲でね。
与えすぎると枯渇するし、かといって貰うだけだと澱み腐っていくのが人間ってもんですから。
生活保護受給者がやたら態度がでかくて権利意識・被害者意識が強かったりするのは「貰っているだけ」の状態だからだし、
女の人に寄生するDV男もまた「受け取るだけ」だから澱み腐った結果として暴力を振るうのです。

「与える」と「受け取る」の自然で気持ちの良い循環が、自分や家族の人生のみならず、世界をより良い方向へ変えていく切っ掛けになると思います。
そしてその元が、自分の好きなことや自分だけの才能であれば最高に幸せなことでしょう。

ではでは。

「なんのために働くか?」
「働くことでなにが得られるか?」
ちょっと考えてみる。

真っ先に浮かぶ回答は
「お金のため」だよね。
お金がなきゃ食ってけないし、雨風をしのげないし、家族を養えない。

でも、じゃあお金さえあれば人は働かなくなるのか?
たとえば宝くじに当たったり遺産相続なりで一生食えるお金が手に入れば、誰もが皆ニート化するのか?


そんなことはないでしょう。
仕事が好きな人は働くだろうし、そうでなくても暇や体力を持て余すと人は何かをしたくなるもんじゃない?
つまり働くことで得られるものは、お金だけではないのよ。


じゃあお金以外、他に何があるのかなぁ?
って考えたら、この二つが浮かんできた。

1. コミュニティ

2. アイデンティティ



まずコミュニティだけど、たとえばマッキンゼーでコンサルタントをやっているのなら
「マッキンゼー」という組織(コミュニティ)に属しているわけだし、
同時に「コンサル業界」という業界(コミュニティ)にも属するわけですよ。

家族とか友達とか趣味とかとは違う「社会人的なコミュニティ」に属することが、働くことによって得られるのが特徴なのです。

そしてそこが居心地が良かったりするから、働いていたりもするんじゃないのかな。


んで、2番目のアイデンティティなんだけど、これってかなり強力な働くためのインセンティブだと思う。
というのは、初対面の人に挨拶する時に必ずされるであろう質問の代表格
「お仕事は何をされているんですか?」
にどう答えるかがまさにアイデンティティであり、そこがなくなると個人としてのアイデンティティも崩れてしまう人って結構いたりするからね。

会社ではそこそこのポジション。
脇目も振らずバリバリ働いてきたけど、パートナーとの関係は冷え切っており、子供は他人同然。
趣味もこれといってなく、⚪︎⚪︎会社の××という自分がなくなってしまえば、果たして自分に何が残るのだろう??
ってタイプの人ね。

そのアイデンティティを失いたくない&確立したいからこそ、人は働くのではないのかなとも思う。




で、社員研修や自己啓発でお馴染みの理論「マズローの欲求段階説」に、今までの話はそのままつながる。
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最初の「お金のため」は第一段階の「生存欲求」と第二段階の「安全欲求」そのものだし、
コミュニティを求めるってのはズバリ第三段階の「所属欲求」でしょう。
んで、アイデンティティのために働くのは第四段階の「承認欲求」に相当するし、
なんというかマズロー先生はシンプルにして深いフレームワークを遺されたなと感嘆する次第ですよ。


「承認欲求」ってのは、要するに
「俺はすごい」「自分は価値ある存在だ」「私は特別だ」
っていうちやほやされたい欲求なんだけど、これって厄介でね。
食欲と性欲を克服したヨギ(修行者)でも「自己重要感というか、尊厳欲求は克服が難しい」と告白するくらいだしね。

多分、人間存在の根本に関わるものだし、「生きた証」「人生の意味」「生きてきた足跡」といった精神的・魂的な欲求だから、
人は衣食住足りるだけでは満足しないのでしょう。







ところで、マズローの欲求段階の最終段階である「自己実現欲求」や、
(晩年に追加された説だけど)自己実現を超越した欲求「コミュニティへの貢献欲求」を満たす働き方はないのだろうか?

なんでこんなことを言うかって、第一〜第四の欲求って、欠乏欲求と言って、
満たされたら満足という、なんていうかTakeな欲求なんです。
でもでも、自己実現欲求や自己超越欲求は、成長欲というか、先の4つとは異質なのですよ。
実現できたら「もっと実現したい」と成長し、
自分の周りの人に貢献したら「もっと多くの人に喜ばれたい」と成長するのが
上位2つの欲求。

自分を成長させること、人に与えることを成長エンジンにできれば、いい循環に入れるからね。
(自発的にどんどんスキルアップする人や、積極的に人に貢献しようとする人が、世の中が放っておくわけがない)


じゃあとうすればエンジン化できるか?
私が思うには、働くことを「天職化」することだと思う。
要するに、働くことによって得られるもの(お金、コミュニティ、アイデンティティ‥‥‥)を目的とするのではなく、働くことそのものを目的とするということ。
接客なら接客、トイレ掃除ならトイレ掃除、コンサルティングならコンサルティングそのもの、活動そのものを愛すること。
それが「天職化」ね。


そんなのムリ!って感じかもしれないけど、面倒臭いことや嫌なこともあるだろうけど、やっていて「楽しいな」「嬉しいな」と思う活動や要素ってあるでしょ?
それに意識をフォーカスし、極大化していくのが天職へのプロセスなのですよ。



まとめるとね。
私は働くことって、ゲームの一つだと思うんだ。
義務とか常識とかは置いておいてね。

ゲームって、別に何かを得るためにやるわけではなく、好きでやっているわけでしょ?

つまりは「行為そのもの」「活動それ自体」を愛している感じじゃないですか。
マリオカートを楽しくやっているのなら、マリオカート自体が上手くなることが、報酬であり、得られること。
そしてそれがまさに「自己実現」だからね。


ゲーム感覚で、楽しく、目の前の活動を愛せるようになれば天職を生きられる。

ではね。

メキシコの漁師のたとえ話をご存じでしょうか?
知っているという方も、何それ?な方も、今一度ご覧下さい。


↓↓



☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 



メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。


メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、


「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」


と尋ねた。 すると漁師は


「そんなに長い時間じゃないよ」


と答えた。旅行者が


「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」


と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。


「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」


と旅行者が聞くと、漁師は、


「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」


すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。


「ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。 やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。その頃にはきみはこのちっぽけ な村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」


漁師は尋ねた。


「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」


「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」


「それからどうなるの」


「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」


と旅行者はにんまりと笑い、


「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」


「それで?」


「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」




☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 



さて、この話にはいくつか教訓がありますよね。


まずは「結局今と変わんねぇーじゃねぇかよ!!」ということ。
アメリカの労働者などは、アーリーリタイヤメントを目指して若い内は死ぬほど働いて財を蓄積しようとするものですが、
じゃあ、財を成した後に何をするのか?
どんな生活を送りたいのか?
プライベートや健康を削りながら追い求める「見果てぬ夢」とは?

と訊いてみると、
「タイで長期旅行したい」
「ビーチの側でのんびり毎日を過ごしたい」
「ワイナリーを買収し、好きなワインをつくって飲む毎日を送りたい」
「中国をバイクで横断したい」
「オーストラリアをキャンピングカーで一周したい」
「カリブ海諸島を航海したい」
という感じだったりするのですね。

でも、実はこれらの夢って「財を成す」なんて遠回りなルートを経なくても
直接叶えることだって出来たりするんです。
メキシコの漁師は、アメリカのアイビーリーグの学位を持っているような若者たちが夢見ている生活をすでに実現している。

でも、彼は学位も金も持っていない。
何か気がつきませんか?
自分をごまかしていませんか?
ってことね。


次の教訓は「望んでもいない人間に“もっと、もっと”と勧めたり煽ったりすることは大きなお世話」ということ。

私の話になりますが、健康オタクなものでジョギングを結構ガンガンやってたりするんですね。
週に一回は10~20㎞のロングランをしたりするくらい凝っているのですが
こういう話をするとかならずこう言ってくる人がいるんですね。
「フルマラソンに出場しないの?」
「トライアスロンに挑戦すべきだ!」
ってね。

これは私からすれば「大きなお世話」なのですよ。
私は健康に興味があるのであって、スポーツには全く興味がありません。
「せっかく出来るんだから、やれる内にやっておかないと勿体ない」と言われたりもしますが、
私の見解として、自分がまったく興味もないものに
お金や時間やエネルギーを費やすほうが「勿体ない」のですよ。
今の状態で十分満足している人間が、「もっと」を求めると、余計なストレスを抱えるだけ。

年収300万円だけど好きな仲間と楽しい仕事をしている生活、それに心底満足している人に対して
「もっとハードに働いて、ガンガン自分を世の中に売り込んで稼ぐべきだ!そうしたら年収が3000万円、いや3億円や30億円だってゆめじゃない(かもしれない)!」と煽るのって、
私は非常に無責任かつ傲慢な行為だとおもうのですよ。
煽っている人間は何も汗を流すこともないし、傷つくこともないし、悩むこともないし、痛みを抱えることもないですからね。

にもかかわらず、意味も目的も無い「もっともっと」のパワーゲームに駆り出そうとする。
私生活や結婚、育児、健康、静かな時間の全てを犠牲にする際限なき無間地獄。
手段が目的化すると、「もっともっと」が目的になるから死ぬまで終わりがないのです。


そして、私が内心思っていることですが、
特に親しいわけでもない相手に「~すべき!」「○○しなさい!」と断定口調でモノを言ってくる人間は、
基本的には胡散臭いんですね。
コンサルタントであれ、占い師であれ、人に対してアドバイスする職業の人なら尚更です。
こういう人間ほど、いざ予言が外れたら、見苦しい言い訳をしたり、知らんぷりしたり、責任転嫁したり、逆ギレしたりなどしてくるものでね。


まぁ色々書きましたけど、
このメキシコの漁師の話は、色々考えさせられるので
折に触れて読み返したいなと思い、紹介しました。


ではでは。

さてさて、「やりたいことがない」「探しているけどみつからない」という悩みに対しては、
基本的に二つの基本的戦略があります。



① 水平戦略⇒色々な活動をとにかくやってみる

ドラマ化もされた自己啓発小説「夢をかなえるゾウ」でも指摘されているように、
やりたいことを見つけようとする際にやってしまう最悪の戦略は「考えること」なんです。


実際には、「やってみなきゃわからない」のであって、やりたいことが分からないのなら、とにかく色々なことにチャレンジしてみましょう。
やっていくうちに、好きなこと、得意なこと、嫌いなこと、苦手なことがイヤでも分かります。

面白いのは、「好きなこと」と「得意なこと」って必ずしも整合しないんだけど、
「嫌いなこと」と「苦手なこと」ってまぁ、ものの見事に整合してるんですよね。
嫌いなことの大半は苦手なことだし、
苦手なことの大半は嫌いなこと、でしょ?

私の場合はスポーツ(特に球技)がその典型。
バレーでもバスケでも、小さい頃からめちゃ苦手で、チームの足を引っ張ったり笑われたりするような子供だったのです。
「苦手だから、嫌いになった」のか「嫌いだから、苦手になった」のかは今となってはよく分からないけどね。

「じゃぁがんばって克服しろよ!」
っていうお説教をしてくる人もいるかもしれないけれど、人生にはやりたくないことをイヤイヤやっているほどの悠長な時間はありません。
「嫌い」「苦手」と明確にわかっている活動なら、さっさと撤退しましょうよ!
ってのが私の人生観。

こんなように、ひよこのオスメス判定な感じで、「好き」「嫌い」「得意」「苦手」を判別していけばやがて「やりたいこと」は見つかるでしょう。



② 垂直戦略⇒目の前のことにトコトン向き合ってみる

やりたいことを見つける最良の戦略の一つなのですが、

「やりたいことだから、一所懸命になれる」
という文章を
「一所懸命にやるから、やりたいことになる」
と翻訳
してみましょう。

仕事であれ、副業であれ、ボランティアであれ、趣味であれ、恋愛であれ、ブログやFacebookなどのオンライン活動であれ、
今自分がやっていることにとにかく一所懸命になってみるんです。

不思議なモノで、
嫌いなことや苦手なことでない限り、一所懸命やったら好きになっちゃうもんなんですよね。


今自分がやっている全部の活動でなくてもいいですよ。
何か一つの活動の、その中でも一部分でいいから、それをトコトン輝かせると、気づきや学びが掘り起こされて全体が輝くんです。
ブログを書いているのなら、トコトン打ち込んでみる!って感じで。
それでもしんどいのなら「投稿されたコメントには100%のエネルギーで応える!」とか。


聖ちゃんは去年から筋トレを一所懸命やっているんだけど、色々な気づきがありますね。
たとえばドラゴンフラッグができない時は、できているイメージをしていました。
やがてそのイメージの動きが実際にできるようになったりしたので
「イメージは現実化するって、こういうことかぁ!」
と、大きな気づきを得られました。
その学びは筋トレというジャンルを超えて、仕事や人生にも当然役に立つでしょ。

こんな感じで、何か一つ、トコトン打ち込んでみるのは「やりたいこと」を見つける最良の戦略だし、人生を変える秘訣でもあります。
打ち込んだその活動が「やりたいこと」となるかもしれないし、そうはならなくても学びや気づきが得られます。




さてさて!
では具体的に「天職を仕事にするポートフォリオ戦略」をお伝えしていきますね。



◆ 天職の第一階層:「やりたいこと」「できること」「カネになること」の3集合をベースに、活動のポートフォリオを組む。
天職図1

















「やりたいこと」「できること」「カネになること」の3つのカテゴリで活動を持つのが天職を仕事にする第一階層。
図にある「集合の輪」を大きく育てて行くのです。

「やりたいことを見つけよう」という時になかなか「コレだ!」って活動が見つけられないのは、

・仕事に結びつける
・プロとしてコミットメントする
・しっかりカネを稼いで生計を立てる

という風に始めからハードルを異常に上げてしまっているのも原因の一つ。
「やりたいこと」の集合の輪なんてはじめは図のように小さいのだから、「できること」にも「カネになること」にも重なってはいないのです。
だからじっくり育てていく必要がある。

具体的には、
「自分に向いているのかどうかわからないし、金になるかどうかなんて知らないけど、とにかくやりたいからやってみよう♪」
気楽に第一歩を踏んでみてほしいのです。

それと同じように、得意な活動でも
「自分はこの分野で世界的権威になる」とハードルを上げるのではなく
「昨日より今日、ちょっとでも上達するのが嬉しい☆」と自分が歩む一歩を愛するのが大事です。

そして、「やりたいこと」と「できること」の輪を大きく育てて行くには、キチンと稼いで生計を立てることも重要。
お金の心配をしながらだとなかなか打ち込めないし、自己投資も満足に出来ないからね。



◆ 天職の第二階層:「やりたいこと×できること」「やりたいこと×カネになること」「できること×カネになること」の3集合をベースに活動のポートフォリオを組む。
天職図
















「やりたいこと」「できること」「カネになること」の3つの集合の輪を大きく育てて行くと、だんだん重なる領域が出てきます。

実際、「退屈だな」と思っていた仕事だって、真剣に打ち込んでいくうちに
「私は部下のモチベーションを引き出すのが得意だな」とか
「人に何かを教えるって、楽しいな」とか
いろいろ見えてくるでしょ?
それは、やりたいことをみつける第2戦略「垂直戦略」で、とことん打ち込んだ結果、「カネになること」の集合の輪が大きく育って「やりたいこと」「できること」と重なる領域が出てきたからだよね。

集合の輪を育てるには、だから、
色々なことにチャレンジしたり、一つの活動にトコトン打ち込んだりしたりしなきゃ!なんですよ。


こうして重なる領域が出てきたら、そろそろ

・「やりたいことで、できること」
・「やりたいことで、カネになること」
・「できることで、カネになること」

の3領域で活動のポートフォリオを組みましょう。


たとえば「教えるのが好き」なのであれば、私みたいにブログに書いてみたり、勉強会を主催してみたりとかね。
はじめは全然人が来ないかもしれないけど、
それでも最初に来てくれたお客さんから受け取るお金って、本当に嬉しいもんでね。


私ははじめ、参加費2500円で勉強会をはじめてね。
最初のお客さんの人数は3人だった。
2時間30分で7500円。
交通費や会場費のことも考えたら、とても食っていけるレベルじゃないですよね。

だけど、

「自分の情熱が、誰かの役に立っているんだ!」
ってスゴく感慨深いものがあった。

子供の頃のお小遣いよりも、年に一回のお年玉よりも、新卒で働いた会社からの初任給よりも、
何よりも重く、価値のあるお金だった。

こんなように
「できること」でも、誰かのお手伝いをしたりして僅かでも収入にしたり、片手間でできる副業をスタートしてみたり、
「やりたいこと」と「カネになること」を少しづつ重ねていくといいです。


ちなみに、ちょっと話は脱線するかもだけど、
就きたい仕事があるけど中々選んでもらえない(採用されない)のなら、
「とにかく無料で仕事しまくる」のがいいです。
声優であれ、劇団員であれ、コーチングであれ、デザインであれ、好きな商品の販売であれ、何であれね。

採用の際に重要なのは、学歴や資格でもなく、面接のテクニックですらなく、
経験と実績が一番問われるわけですよね。

だから、無料で仕事することで、経験と実績を自発的に積んじゃいましょ!
ってわけ。

今はネット社会だから、
ブログなり、Facebookなり、YouTubeなりの「自分なりのメディア」を所有して発信していけるし、
Linkedinやランサーズなどに登録してみてもいいかもしれない。
実績がつけば「あなたに仕事をお願いしたい」と向こうからお願いがくる可能性だってある。
というか、どこかに所属して雇われる必要すらなくなるかもしれない。


こんな風に
「やりたいこと」「できること」「カネになること」の集合の輪が大きく育って、重なる領域が出てくるとだんだん面白くなって、やめられなくなってきます。

そうするといよいよ「天職を仕事にする最終階層」へと突入できます。



◆ 天職の最終階層:「やりたいこと」「できること」「カネになること」すべてが重なり合う活動でポートフォリオを組み、究極まで高めていく。
天職図0
















私自身はまだ「第二階層」の段階でしかないから、体験ではなく理屈でしか語れないのだけど、
3つの集合の輪をどんどん大きくして行けば、図の真ん中の赤丸の領域も大きくなってきて、イヤでも天職に「気づく」ようになるのです。

この段階まできたら、自分の「やりたいこと」「できること」「カネになること」の全てが揃った天職を活動の主軸として(=コミットメント)していってもいいでしょう。


ただ、前段でお話ししたように、あらゆる事業には波やライフサイクルがあり、単一の活動では絶滅の危険があるから、
おなじ「天職」の領域内でも複数の活動を持った方がいいとは思うけどね。


たとえば本田健さんは、
本を書くだけの人ではありません。
セミナーをするだけの人でもありません。
Podcastで話すだけの人でもありません。
それらの複数の活動の集合体が本田健であり、健さんの天職を形づけているのですよ。

つまるところ、天職とは特定の活動ではなく、その人のあり方そのものなのですよね。
毎日をワクワクしながら、そのワクワクを限りなく純度高く表現できる活動(本、セミナー、コーチング、ダンス…)をその都度選んでいくのです。


それが「天職を仕事にする」ということ。



私はどんな人にでも、情熱や才能が眠っていると思います。
それを掘り起こして、少しづつでも育てていって欲しい。

それが大きくなっていくと、「天職を生きる」という奇跡のような人生が実現するのだから。


”偉大な人生(グランド・ライフ)”を目指して。


それじゃあね。

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