聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重トレのマイスターにして「アンチスポーツの急先鋒」です。目指せ!東京オリンピック中止!!

カテゴリ:聖さんの成功法則 > コミュ力

私はコミュニケーションを、なぜかテニスでイメージすることが多いです。
テニス経験皆無なのにね。
強いて言えば、「テニスの王子様」の愛読者ってことくらいか。
ちなみに一番好きなキャラは、「新」になってからネタキャラと化しつつある立海の真田。
まぁそんな個人的な話はどうでもいいとして。

そんな私が、「こりゃぁ嫌われるな」「でもこの人気づかないんだろうなぁ」と思うパターンを、
テニスにたとえてご紹介しますね。




そもそも「いいコミュニケーション」「うまくいくコミュニケーション」とは?

コミュニケーションがうまくいった時って、
「楽しかった」「もっと話したいな」という感覚を得られるものでしょ?

逆に、イマイチ上手くいかなかったり、ハッキリ言って苦痛な場合は
「はよ時間が過ぎ去らんかね」「あぁ〜やっと終わった!もう二度と会いたくねぇ〜!!」
って思うもんじゃないですか?

これをテニスで言うなら、
球をラケットで打ち合うラリーが上手く・長く・気持ち良く続くほどいいコミュニケーション
(※これ重要!よく覚えておいてね!!)
となります。

逆に悪いコミュニケーションってのは、
ボールのラリー(つまり会話)が続かないってことだし、つまらないし、結果として苦痛なもの。


なんでも勝ち負けで考える「バトルタイプ」は要注意!

私が「バトルタイプ」と名付けている人種がいます。
自己主張が強く、何にでも勝ち負けにこだわるタイプの人ですね。

良く言えば向上心が強い人なのですが、
悪く言えば精神年齢が10代でストップしている感じの人。

子供、特に男の子って下らないことでもイチイチ
「どっちが勝ったか負けたか」
「白か、黒か」
「上か、下か」
「正しいか、間違ってるか」
にこだわるでしょ?

書き方で分かったと思うけど、私はこのバトルタイプが10代の頃からめちゃ嫌い。
というか、いい歳こいてガキな人が大嫌いなんです。


論破?バカだろお前。

で、なんでバトルタイプの話を持ち出したかっていうと、
彼らはとにかく何でも、イチイチ「勝とう」とするので、
上手く・長く・楽しくラリーを続けるコミュニケーションの中にも「勝負」の要素を持ち出してくるんですね。

つまり、
相手が返せないような場所に球を打ってきたり、
相手が返せない威力やスピードで球を打ったり、
それで
「はい、論破アァァ!!」
とかドヤるんですが、
バカか?ガキか??お前。って感じ。
普通に楽しく会話している所で、いきなりトンチンカンなことやり始めて、
ラリーの流れをぶった切っておいて、それで勝手に勝利宣言してるだけなので、
周りからすれば喋るのもアホらしくなってくる。

本人はいい気になっているから、なんで自分が嫌われてるのかも気づかなかったりするしね。
周りが中途半端にチヤホヤしている環境に浸かってると、もう絶望的。
そのコミュニケーション能力と精神の幼稚さのまま、50代や60代になって、
周りの人間に害を撒き散らす人害となり下がるのです。


んで、以下にもうちょい細かく「嫌われるコミュニケーション」を分類してみます。

嫌われるコミュニケーション「一方的な壁打ち」

長く、楽しくラリーを続けるのがコミュニケーションなのに、
相手に全然打たせないで、自分ばっかり球を打ち続けるタイプですね。

どういう人かというと、
相手の話を全然聞かず、「自分が、自分が」と聞いてもいない自分の話を始め、それも延々長く話し続け、
ひどい場合は他人の話をぶった切ってまで自分の話を始めるタイプ。

私の父がまさにこのタイプで、やられる方からすれば、
「壁にでも球打ちしてろよ」
って感じ。こういう人と話していると
「まだ終わらんの?」
「話なげぇーよ」
「はよ終われよ」
という心の呪詛が1分の間に100回は浮かぶものだし、

ようやく終わって解放されたら、どっと疲れが出てきて
「あぁ〜!やっと終わった!!」
となるものです。

嫌われるコミュニケーション「コート内を走らされまくる」

テニスで勝つには、テニスの王子様の海堂や跡部様のようなスタイルで、
相手を走らせまくってスタミナを削り、返せない場所へボールを打つという戦略もあります。

でも、勝ち負けとは関係のないコミュニケーションの場でこれをやると、嫌われますね。
例えば、「旅行に行って楽しかった国・県」の話(ラリー)をしている流れの時に全然関係のない話、
「俺は昔、めっちゃ喧嘩が強かった!」
みたいな話をいきなりしてくる人。
話してやってる立場からすれば
「なんで今、その話になるんじゃ?アホの子かこいつは??」
となるんですね。


あと、別パターンで、
何かを話したり説明したりしている時に、
論理や順序がメチャクチャなタイプも、話していて疲れますね。
「A>B>C>D」の順で話さないと伝わらない話なのに、
いきなりDの話をするタイプ。

あるいは、
「C>B>D>A」
と、思いつきで話すので、こっちが一生懸命質問し返しながら論理を組み立て直さないといけないタイプもいますね。

あと、「A>B>C>D」の話をしている時に、全然関係ない話「甲、乙、丙」にまでとっ散らかって、
話も長くなり、論理もメチャクチャになるタイプもいます。


こんな風に、コート内を無駄に走らされると、疲れるし、楽しくないので、嫌われます。

嫌われるコミュニケーション「体へボールを当ててくる」

要は攻撃してくるんですね。人格とか、好みとかをね。
そうするとラリーがそこでぶった切られるし、何より痛いので、

「二度とこいつとはラリーしねぇ!」
となるか、

「死ね!クソが!!」
とやり返すか、
どっちにしても楽しいコミュニケーションなんて夢のまた夢となるのです。

まとめ:嫌われないコミュニケーションのコツ

テニスのラリーにたとえて、テニス経験皆無の人間が説明しました。
悲しいかな、こういった嫌われるコミュニケーションをしてくる人って、そのことを(ワザワザ)指摘しても、受け容れる器がないんですよね。
 ・聞く耳を持たない(壁打ちタイプ)
 ・整理し、まとめて、血肉とできないアタマの持ち主(走らせるタイプ)
 ・「攻撃された!」と勘違いして反撃してくるどアホ(当ててくるタイプ)
だから、よっぽどのきっかけがない限りは、彼らはずっとそのままなんでしょうね。

そんな彼らのことを反面教師として、私たちはいいコミュニケーションをしましょう。
いいコミュニケーションとは、
ラリー(球。つまり会話)が上手く・長く・楽しく続くコミュニケーションなので、
上に書いた「嫌われるコミュニケーション」の逆をやればいい。

まとめると、

 ●自分ばっかり打つのではなく、相手にも打たせて、
 ●返しやすい場所へ球を返してあげて、
 ●ラフプレーは絶対しない。ラリーが終わった後もケチをつけたり喧嘩を売ったりしない。

のが、良い会話のラリーの秘訣。
イマイチ会話が上手くいかなかったり盛り上がらなかったり、疲れたりした時にはこのことを思い出してみてね。


ではまた。


▼「バトルタイプ」について詳しく知りたい方はコチラの本が参考になります。


▼テニスの本ですが、テニス関係者だけに読ませておくのは勿体無い名著です。

そういや最近全然ブログ書いてないなぁ〜と反省はしている今日この頃。
私がEvernoteで毎日つけてる日記から、
「この記事はみんなの役に立ちそう!」
と思える文章を抜粋して載せる手抜き記事をお届けしますね。



坂爪圭吾さんのブログより〜高校を中退した17歳の女の子の話

坂爪圭吾さんの昨日のブログに書かれていた、高校を中退した女の子の話はとても示唆に富んでいる。

簡単にまとめると、この(元)女子高生に対して周りの大人たちは、
彼女が何かを言う前にあれこれと(勝手に)気持ちを代弁しようとしたり、
彼女が求めたわけでもないのにアドバイスやお説教をしたり、
そのくせ(=彼女の話を一向に聞かないのに)、彼女を質問攻めにしたそうだ。
後で坂爪圭吾さんが彼女に問うたところ、 

「あのひとたちとはコミュニケーションがとれないと思いました」
「まだ何もわたしのことを話していないのに、このひとたちはいったい何のアドバイスをしているのだろうかと思いました」

ということを、怒りを込めることもなく、悲しさを帯びることもなく、
ただ冷静に淡々と述べていたそうだ。

精神的テロリスト

言ってしまえばこの手の人たちは、
仲良しでもないのにヅカヅカと心の中に入り込んできて、自分の都合や感情で好き放題荒らしまわっていく精神的テロリストであり、
話が通じない(=聞く気がサラサラない)ので、言葉でなんとかしようがない人種だ。

これとは別で、
『わざと曲解する人』『故意・悪意をもって捩じ曲げる人』
もまた精神的テロリストである。

高校時代の渡邉(実名出しちゃった。まぁいいや知るか)がまさにそうだった。
仲良しでもなんでもない顔見知り程度の関係なのに、いきなりヅカヅカと私に向かってニヤニヤしながら
『お前、母親のことママって呼んどるやろ?』 と言ってきて、
何度私が『いや、違うよ』と言っても一向に聞こうとしなかったので、
『あぁ、そういうことにしたいんだな』と呆れ・諦めつつ悟った。

そんで案の定、渡邉は
『お〜い、コイツ、母親のことママって呼んどるんやぞ!ダッセ〜〜!!』
とクラス中に言いふらしていた。

「話すだけ無駄な人間っているんだなぁ」
と実感した私の体験だった。

話の通じないアホへのシンプルかつ効果的な対処法

こういった精神的テロリストに対してどうするか?
岡田斗司夫さんが何日か前のメルマガで書いていたように、
基本的には
『あと何秒でこの場を立ち去るか?』
を己に問うことである。

また、セミナーなどの自分が主催する集まりの中にこの手の人間が紛れ込んだ場合は、
『あと何秒でこの場から追い出すか?』
を己に問うのだ。
実例として、岡田斗司夫さんが同志社大学で行った講演に紛れ込んでいた精神的テロリスト(というかキ◯ガイ)への
鮮やかな対処法を以下に動画で貼り付けておく。

(※20分〜23分くらいの出来事です。)


テロリストには言葉ではなく武力をもって応えるのが原則。
つまりは精神的テロリストとは、さっさと物理的に距離を置くのだ。
これはシンプルだけど、とても効果的。
臭いものには蓋をし、目に見えないようにすることで無駄に傷つくこともない。
彼ら精神的テロリストには、自分の知らないところで幸せになってもらうよう祈っておこう。

その意味で私は、長年父親とも物理的に距離を置くようにしているんだけど、
これは話し出すと長く&ウザくなるので、あまり期待せずに待っていてね。

他人の物差しではなく、自分の物差しで生きていこう

立ち去ったり、追い出したりすることで色々言われることもあるだろう。

でも、それが逃げだろうと負けだろうとダサいことだろうと知ったことではない。
奴らの勝手な物差しで語っているだけで何の客観性も合理性もない。
勝手に喚かせておけば良いのだ。


なんとなくブログを書く気がしなくって、そのまま放置する日々がつづいてたけど、
いろいろ思うところがあってね。


たびたびブログに書いているけど、私は人間嫌いで、人付き合いが苦手なんだ。
でも、人間として生きている以上は避けて通れないのもまた「人間関係」であって、
人生の喜びも悲しみも、チャンスも不幸も、辛い過去も楽しい思い出も、
すべては人を通じてもたらされるものです。

「人は一人では生きていけない」

なんてクサい話やお説教をしたいわけではなく、私のブログの読者の大多数よりも、
こと人間関係というトピックにおいては私は「劣等生」なので、
そんな私がこれから人間関係においては気をつけていこうと決めたことが二つあってね。
この場で決意表明してみたい。

多分、コミュニケーションに難がある人にも参考になると思うから。



◆ まず、相手に話させて、聴く

人間関係の目的は「動かす」ことにあると私は考えます。

・モノを売る
・契約を決める
・告白してOKをもらう
・ホテルへ連れ込み、セックスする
・欲しいプレゼントを買わせる
・子供を躾ける

まぁいろいろあると思いますが、
最終的にはなんらかの行動を相手に取らせるのがコミュニケーションの目的。

ただし、いきなり「やれ!」「買って!」「ヤラせろ!」なんて言っても、誰も思い通りになりゃしません。
じゃあどうするか?
「動かす」前に1ステップ踏む必要があるのです。

それが「話させて、聴く」ということ。
よく「聞き上手がモテる」なんて言いますよね。
確かにそうなんだけど、ラポール(信頼関係)ができていない人間に対して聴く姿勢で向かっても、
相手は話してくれないです。
天気や時事ネタみたいな当たり障りのない話をして、しばらくすると気まずい沈黙が流れる、あの感じね。


つまり受動的に「聞く」のではなく、積極的に「聴く」のが大事。
そのためには「質問」と「傾聴」が大事になってくるってわけ。
質問して、相手に話させて、それをちゃんと聴く。

そうすると、相手のことがわかってくるし、
人間関係は鏡だから、自分が相手のことを分かろうとしていると、相手も
「あぁ、この人は自分のことを分かろうとしてくれてるんだな」
とラポールが構築されてくるもの。



◆ 共感

世間一般でいう「共感」って
「自分と相手の感じている気持ちが一致すること」
って意味だと私は思うのだけど、
そうではなく、コミュニケーションをしつつも
「自分が今感じている感情」と「相手が今感じている感情」を”共に感じる”ことこそが、私は共感だと思う。

つまり、自分の感情と相手の感情は必ずしも一致している必要はないです。
とにかく、自分の感情も感じつつ、相手の感情も感じるようにしてみよう。


これは現実問題、トレーニングがいることで、
自分の感じる気持ちに振り回されるのでいっぱいいっぱいで相手までとても気持ちが向かなかったり、
そもそも自分の感じる気持ちがサッパリ分からなかったりする。

ま、だからこその「課題」なんだけどさ。
今は無理でも、いつかはできるように頑張りましょうねってことでね。


コミュニケーションって言語的なものと非言語的なものの両方で成り立っていて、単なる言葉のストロークだけだと表面的なコミュニケーションでしかないよね。
でも、非言語的なものも合わされば、深い関係になり得るでしょう。
そのために、相手の感情を「共に」感じてあげましょうね。



…という、自分に向けて叱咤激励する意味合いで書いた文章でございました。

ではでは。

基本人間嫌いな私ですが、
周りで「この人コミュ力高いなぁ」と感心する人もいれば、
こんな私から見ても「あかんわこの人。。。」と感じてしまう人も居ます。

ここ数年は行ってませんが、数年前まではコミュ力系の勉強会やセミナーに沢山参加していたので、そこでの知見を照らし合わせつつ、
「コミュ力の原則」と「コミュ力のレベル」「コミュ力の高め方」をちょっと整理してみますね。



コミュ力原則 ①:「人間関係は鏡」

のっけから最重要の原則を説明します。
たとえば自分の中で「嫌いというわけではないけど、何となく苦手だなぁ」と思っている人って居ませんか?
そういう場合、間違いなく相手もあなたのことを「何となく苦手」と思っているものなんです。

これが「人間関係は鏡」ということ。要は自分の内面が外界に現れているということです。


コミュ力原則 ②:「類は友を呼ぶ法則」

「人間関係は鏡」の応用みたいな感じですが、
成功者は成功者と付き合っているものだし、
金持ちは金持ち同士でつるんでいるし、
胡散臭い人間は胡散臭い人間のコミュニティで完結しているものです。

自分と趣味嗜好や考え方、収入レベルなど、共通するポイントが多い人間ほど付き合うのは「楽」ですからね。
人間は易きに流れるものですから、
放っておけば自分と似たような人が集まり、自分もそこに安住するようになるのですよ。


コミュ力原則 ③:「非言語>言語」

言葉そのものよりも、その言葉をどう言うかや、言葉を交わしていない時の態度や表情といった
非言語的なサインの方が、その人の心を如実に現すもの。

たとえば「大事な話だ」と言いながらも、目をそらして話していたら「嘘ついてるんじゃないの?」と疑いたくなりませんか?


コミュ力原則 ④:「なつけて→しつける(動かす)」

売り込まれたり説得されたり論破されたり命令されたりして嬉しい人間なんて、基本的に居ません。
にもかかわらず、
コミュ力が下手な人、部下や同僚から嫌われている人、売れない営業ってのは、
いきなり「やれ」「買ってください」と言ってくるのです。

じゃあ上手い人はどうしているか?
「なつける」というワンクッションを置いてから「しつける(動かす)」のですよ。
コミュ力系のセミナーで良く出てくる単語である「ラポール(信頼関係)」を構築すると言い換えれば、もっとわかりやすいでしょうかね。

見ず知らずの人にいきなり電話番号を教えてくれと頼まれても、断るか、嘘の番号を教えるでしょ?
でも、仲のいい人(ラポールが構築できている人)になら、素直にも教えられるってなもんですよ。


私が見るに、コミュ力が低い人、コミュニケーションがイマイチうまくいってない人って
「一言」が言えないことが多いです。
「ありがとう」「ごめんなさい」「どうも」というようなちょっとした一言を言うだけでも違うのに、
そういう一言を入れずにいきなり要件を言うから、
相手は「命令された」「何様だ」と受け取る。。。って感じ。

んで、人から嫌われる人ってのは「一言が言えない」だけに飽き足らず「(余計な)一言が多い」んですよね。
まるで捨て台詞のようにそういうことを言うから嫌われるのだと、気づいて欲しいものだし、
私自身「一言入れる」「余計な一言は飲み込んでおく」ことは気をつけるようにしています。


コミュ力原則 ⑤:「まず自分が変わる」

実践的な原則になりますが、人間関係は鏡と言いました。
言い換えれば、「人間関係は環境」とも言えます。
自分の内面を顕現した環境であって、それを変えるにはまず自分から変わらないといけない。
ダメな人ってのは、「まず相手に変わってもらう」ことを期待してたり、待っていたりします。

だけどね。世の中は別に自分を中心に回っているわけではないですし、
相手は変わりたいとは思っていないかもしれないでしょう。
なのに相手が(自分に都合よく)変わることを期待して、
ただ待っているのは何かおかしくないですか?ってことね。

繰り返しになりますが、人間関係は自分の内面が写し出された鏡なので、
それを変えるにはまず自分を変えることです。
鏡の中に写っている自分は、自分が変わらなきゃ変わらないのですよ。


と、長々とコミュ力原則を書いてきたので、次は「コミュ力のレベル」をちょっとまとめてみる。



コミュ力Level.1:「自分の言いたいことばかりを言う・考える」

別名「幼児レベル」です。いわゆるKYもこのレベルですね。
その場の空気や会話の流れを一切無視して、
自分の話したい話を話し出し、相手がうんざりしているのに延々と話し続けるという感じ。
小さい子供ってそんな感じでしょ?
もっとひどい人だと、
人が話しているのを遮ってまで、自分の話を始めるんですね。

聞きたくもない話を聞かされている方からすれば「壁にでも話しかけてろよ」ってのが正直な感想。


このレベルの人への処方箋は、
「人の話を聞きましょう」の一言なのですが、
言われてすぐできればそもそもこの段階には居ないのでもう少し具体的に言います。
「自分の話す量を半分に」するようにしてください。そうするとその分だけ相手も話せますから。
これが苦もなく出来るようになったら、さらに半分、話す量を減らしてみてね。


コミュ力Level.2:「自分の言うべきことを伝えられる」

Level.1との違いは「自制がある程度出来る」ということです。
自分が持つ話の中には「話すべきこと」「話さなくてもいいけど、話したいこと」などがあり、円グラフの比率のように別れていると思うのですが、
「話したいから話したいことを全部話す」という幼児的衝動を抑えて、相手に言うべきことのみをチョイスし、伝えられるという段階。

この段階の課題はズバリ、相手とのストローク。
相手を観察したり、質問を投げかけたり、その話を聞いたりって感じ。

これができているなら良いですが、できていないならまだまだ「コミュ力不足」でしょう。
基本的に「自分が、自分が」という視点に凝り固まっている内はただの一人相撲でありマスターベーションであるので、コミュニケーションは下手な部類に入ると思います。


コミュ力Level.3:「相手の言いたいこと、言っていることが理解できる」

この段階が、世間一般での「普通レベル」です。
会話のキャッチボールがスムーズにやりとりできるわけですあら。

なお、言っていることを理解して、それに応じた反応を返すのに加え、
相手の言いたいこと(裏の意図・本音)まで読み解けるようになれば、かなりコミュ力の達人に近づくと思います。


コミュ力Level.4:「相手の立場に立てる」

コミュニケーションにおいて、
最も基本的であり、
最も重要であり、
そして最も難しいのは
相手の立場に立つこと
だと思うんです。

だって、ついついレッテルを貼ったり、自分の立場や意見に固執しちゃうものでしょ?

本田健さんがユダヤ人大富豪教え3で解説されていた「人間関係のマトリックス」は「相手の立場に立つ」ことをとても効果的に行える考え方なので、詳しく知りたい方はコチラの記事へ。


コミュ力Level.5:「相手の心が読める」

努力で目指せるコミュ力Levelの最高段階がここではなかろうかと。
心を読むなんていうと大袈裟ですが、
要は「非言語的なコミュニケーション」の達人になりましょうってこと。

というのは、言葉なんていくらでも嘘やごまかしができるでしょ?
でも、表情や態度には微妙に、しかし確実にその人の内面が映し出されているもの。
そういう微妙なサインを読みとる力があれば、
たんに言語的なやりとりしかできないコミュ力の人よりも
圧倒的に優位に立ち、主導権を握り、機先を制することができるでしょう。




ちなみに私は、レベル2~レベル4の間を行ったり来たりって感じ。
「相手の立場に立つ」「非言語的なサインを的確に素早く読み取る」のは本当に難しい。
というか、コミュニケーションのスキルを活かす「場」に身を置くようにしないと中々鍛えられないですからね。


ではまた。

可愛げのある人になることって、とっても大事だなと思う。
私の言う『可愛げのある人』ってのは、

・この人にまた会いたいな~と思われる人
・この人に何かしてあげたいな~と感じてもらえる人

ってことね。


とくに、お金のない人や、能力のない人ほど、
『可愛げのある人間になる』ことがとっても大事だよ。

だいたい不幸な人ほど、何か(誰か)に当たり散らす傾向にあるけど、
これがそもそも不幸の連鎖の始まりであって、
そんなことをやっているとますます人が離れていっちゃう。

お金にしろチャンスにしろ、全ては人を介してやってくるものだから、
不幸な人ってのは、誰かに当たり散らすことによって、貴重な供給源をどんどん失っていくわけです。

逆に、今の自分にお金も能力も、その他与えられるようなモノがないように思えても、
『可愛げのある』人間であるように努めれば、

・人から何かを与えてもらえるようになる。
・人が集まってくる。
・人から好かれる。

ようになるわけね。







じゃあどうすれば可愛げのある人になれるか?
一つ提案させてもらうと、『合いの手の達人』になる、ということをオススメします。

たとえば誰かの話を聴いているときに、
・頷く首のスピードや角度を意識する
・「なるほど!」「そうなんですね!」「すごいなぁ!!」という言葉を、適当に返すのではなく、トーンを上げたり絶妙のタイミングで入れたりする

というようなことを意識する、というわけね。

世間では『会話のキャッチボール』って言うでしょ?
でもでも、ここでは『会話のテニス』って感じで、
相手が話しをしてきたら(ボールを打ってきたら)⇒合いの手を返す(ボールを打ち返す)
ように努めましょう、ってことを言いたいわけです。

馬鹿馬鹿しいように聞こえるかもだけど、
実はこの合いの手を意識的に訓練すると、話すスキルや聴くスキルも自然に向上していくんですね。
聖ちゃんが思うに、コミュニケーションの奥義は『反応』にあるので、
相手にとってベストな反応をしてあげる、相手から最適な反応を引き出す、
というのが上手なコミュニケーションなんです。
この『反応』を直接体得できるのが、『合いの手の達人になる』ことなわけね。

逆に言えば、合いの手や反応といったことを無視して、
交渉術とか営業力とか話し上手になるとかの努力をしたって、ハッキリ言って無駄です。
売り込まれて嬉しい人や、いきなり説得されて楽しい人なんていないからね。
それを無視してガンガン押したって嫌われるだけ。







なんで『可愛げのある人間になろう』なんてことを書いているかってね。
聖ちゃん自身が全く可愛げのない人間だから、自分の指針になるような文章を書こうと思ったわけで。

年齢的にはまだ若いにもかかわらず、鼻も腰もプライドも生意気に高いし、
好き嫌いが激しいので嫌いな事や嫌いな人には我慢がならないし、
それで人が離れていったり関係がぎくしゃくしたりすることもしばしば。

でも、どんなにお金や能力があっても、人間一人でできることなんてたかがしれているし、何より楽しくない。
というわけで、お金とか能力とか関係なしに人が集まってくれる『愛され系』の人間になるようにしよう!
と思った次第です。


強くなくてもいい、賢くなくてもいい。
でも、
可愛くはなるようにすれば、すごく生きやすくなる。


ではね。

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