聖なる強化書

グータラ求道ブロガー・聖ちゃんによる「強くなりたい」に応える求道ブログ。 自重トレのマイスターにして「アンチスポーツの急先鋒」です。目指せ!東京オリンピック中止!!

カテゴリ:読書術 > 孫子


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どうも!孫子(岩波文庫)を1万回繰り返し読むチャレンジを継続中の聖ちゃんです。

現在は1087回繰り返し読んでいて、一日一回キチンと読むペースは相変わらずなのです。

 

おかげさまで(?)孫子関連の記事は、

アクセス数はそれほどでもないけど、コメントや質問が多いので、

なんというか「濃い読者」に喜ばれる記事に仕上がっているようですな。

 

でね。

「孫子を1000回以上読んで、「理」を掴んだというのなら、ぜひ孫子について解説してください」

という、挑戦とも受け取れるようなリクエストを頂くことがあるのですが、

今日はこのことについてハッキリ言っておきたい。

 

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今更私が語るまでもなく、すでに語り尽くされてる

孫子は2500年以上も読み継がれ、洋の東西を問わず今でもバイブルとして扱われる名著中の名著。

当然、学者、経営者、成功者、様々な知識人やエグゼクティブが解説本や超訳本、入門書を出してらっしゃいます。

 

ハッキリ言って、孫子を読んだ回数に限って言えば、私は人類至上最多なので、

彼らと並んでも恥ずかしくないくらいの内容は語れる自信はあるのですが、それでもね。

大多数の読者からすれば二番煎じにしかならないと思う。

 

だったらやる意味ねーな、って感じ。

私の人生訓の一つは「違うことは、尊い」なのでね。

 

本屋さんに行けば解説本や入門書は沢山あるよ

なので「解説してよ」というリクエストに対してはこう答えます。
 

「本屋さんに行ってピンとくる本を適当にパラパラ読んだ方が早いよ」
 

「ていうか、短い本なんだから孫子そのものを読めよ」


とね。

 

「魚」よりも「魚の釣り方」を与えたいのだ

まぁこんだけ突き放しても、

「他の人間の話なんかどうでもいいっす!俺は・私は、聖ちゃんの語る孫子の話が聴きたいんすよ!!」

ていうありがたい信者読者もいるでしょう。

 

だけどね。それは、お腹の減っている人に「魚」をあげる行為ではあるけど、

しばらくするとまたお腹が減ってくるから意味ないでしょ?

 

それよりもね。多少は時間や手間がかかっても「魚の釣り方」を教えてあげた方が、
永遠に飢えからは解放される訳でね。

 

同じ本を淡々と繰り返し読むことの魔力を伝えていきたい

だから私は、孫子の内容について語るよりも

 

・なぜ同じ本(孫子)を100回1000回1万回繰り返そうと思ったか?

・同じ本を繰り返し読む修行のコツや注意点

・淡々とやり続けることで得られる効果

 

なんかを語っていきたい。
 

そしてそれを私のように実践し続けたのなら、

あなたも私と同じく「理」に至って、
もはや人から「魚」を与えられるまでもなく自分で「魚」をいつでも釣って飢えから永遠に解放されるようになるのです。

 

この道は、ハッキリ言ってやり続ける人は少ないと思う。
 

・本を速く読む

・本を沢山読む
 

事ばかりをありがたがる人たちばかりだから、
一冊の本を徹底的に繰り返すなんていう地味でじれったい修行を
わざわざする人は少ないでしょうしね。

 

でも、裏を返せば、100回でも1000回でも、
繰り返し本を読んだ時にはあなたはその本に関して言えば、人類至上最強の存在になっているのです。

 

日本屈指の進学校・灘高の伝説の国語教師は一冊の本のみを教材にし続けた

日本でトップクラスの進学校である灘高にはかつて、伝説的な国語教師がいらっしゃいました。

橋本武さん(享年101歳)は、小説「銀の匙」たった1冊を、3年かけてじっくり読むスローリーディングで生徒たちに国語を教えておられたのです。 


「そんなかったるい授業が何になるの?」
と思うなかれ。
 

生徒たちの中には、遠藤周作さんをはじめとして、
東大総長、最高裁事務総長、神奈川県知事をはじめ、錚々たる面子を輩出しており、

 

・初代生徒は東大現役合格者が15名。

・2代目生徒は京大合格者が日本一。

・3代目生徒は東大合格者が日本一。

 

つまり彼の教え子の大多数が「国語が大好き」になり、

なおかつ教育的効果として東大京大の合格率を激増させたのです。

 

何年も、何回も、同じ本に向き合い続けることには偉大な力がある

分かりますかね?

一冊の本に、何年も、何百回、何千回も繰り返し学び、一文一文をじっくり味わうことは、

それはそれは凄まじい効果があるってことです。

 

一冊の本をさらっと読んで「面白かった」「つまらなかった」「役に立った」で簡単に済ませているだけでは絶対にたどり着けない「何か」があるのです。

 

あなただけの「必殺書」を持て。それを何千回何万回も読め。さすればあなたは神に至る

別に孫子でなくても、「銀の匙」でなくても、
あなたが「これだ!」という本でいいですよ。
 

その本をとにかく徹底的に何百回何千回何万回も繰り返し読み、
何年何十年とかけて読めば、それはそれは凄まじいことになっていることは間違いありません。

 

私はその偉大な道を、孫子とともに歩んでいる。

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どうも!孫子(岩波文庫)を1075回繰り返し読んだ、グータラ求道ブロガー・聖ちゃんですよ。


私は最近つくづく思うのだけど、
本って結局、呼び水に過ぎないのです。
 

つまり、知識とか、ヒントとか、答えとか、
そういったものを「自分の外」に求めて本を手に取るもんじゃないですか。普通は。

 

だけど、シンの答えは全て「自分の中」にあるもので、

つまり「自分の中」の無限のリソースを汲み出すための呼び水として有効なのが本であると、

同じ本を1000回以上繰り返して気づいたのです。

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本の知識や情報は、どんなに完成度や密度が高くても「死んだ情報」

本の素晴らしさというものは、本を読む人にすれば今更説明するまでもないことです。

 

失敗や挫折、挑戦、そういった経験を経て、

著者が人生の大半をかけて得た気づきを、

著者と編集者が二人三脚でウンウン頭をひねりながら書籍の形にまとめたのが本です。

 

その貴重な情報を仕入れるのにかかった苦労や期間、

そして文章を書いてまとめる心身の苦労を考えれば、

たかだか1000〜2000円を惜しむのは野暮というもの。

 

日本刀が砂鉄を焼き、叩き、折り曲げ、研ぎ澄ますことで無類の刃となるように、

何もしなければ誰にも伝えられることのない個人の気づきや体験を
書き、まとめ、練り上げることで

無類の署へと昇華されて世に出ることの尊さ。
 

その英知が本屋や図書館、Amazonで簡単にアクセスできるのだから、
今の世の中は「知識・知恵の民主化」が実現しているといえるでしょう。

 

ですが、問題は、その本を書いた人間以外の人、つまり我々読者にとっては、

その本がどんなに素晴らしくても、
どれだけ情報密度が濃くっても、
どれほど完成度がずば抜けていても、

「死んだ情報」なんです。本というのは。

 

「生きた情報」はどこまでも刹那的・局所的・属人的・限定的

「死んだ情報」というのは、食べ物で言えば缶詰とか冷凍食品みたいなものです。
保存がきいて流通に便利だけど、「最も美味しい状態」ではないのです。
 

最も美味しい状態、つまり「生きた情報」をそのまま得ようと思ったら、

語る本人から、その時その場でその状況に応じた本音を聞き出さなければなりません。
それこそが「生きた情報」なのですから。

食べ物で言えば、釣り上げたばかりのイカやウニをその場で捌いたものが
「生きた情報」というわけです。
 

私はまだ食べたことがありませんが、
捌きたてのイカやウニは異次元レベルで美味いそうですね。

 
 

しかしえてして「生きた情報」というのは

その瞬間、その場所、その状況、
何より語るその人にとってのみ有用でしかありません。

 

例えば恋愛のノウハウを頼りに恋愛をする人が、だいたい恋愛に上手くいかないのは、

ノウハウという「死んだ情報」を有り難がって、
目の前にある「生きた情報」を捉え、活かすことができないから。
 

相手が今何を感じているか?
それに対して自分は何を言えばいいのか?
その結果、お互いの気持ちにどう変化が起こるか?

 

こんなことは世界中どこを探しても、
似た情報はあってもピッタリくる情報などないですし、
後でマニュアルに書き起こしても意味はないですよね。

生きた情報というのは、保存がきかないし、流通もしていないのだから。

 

パッケージ化された「死んだ情報」を、「生きた情報」へ最適化する

つまり、本の情報は全て過去のものであり、
死んだものであるためにパッケージとなって流通できているのです。
 

だけど、冷凍食品をそのまま食べてもあんまり美味しくないように、
パッケージ化された情報は最適化されてこそ、自分の中で「生きた情報」となり、血肉と化すのです。

そうならない限りは、本の情報は頭の肥やしにしかならないわけ。

 

内なる巨神を目覚めさせる呼び水が本

で、あなたが聞きたいのは

「じゃあどうすれば本の教えを自分の血肉と化して己を成長・向上させられるか?」

ということでしょう。

 

結論を一言でまとめるなら

「身体を通す」

ことで、死んだ情報に血と命が通って、生きた情報となります。

 

脳細胞を通すこと、つまりは考えることで、自分の思想体系に有機的に組み込まれ

身体細胞を通すこと、つまりは実行することで、失敗などの体験から「動ける体」にチューニングされていくということ。

 

そうやって「生きた情報」を呼び水にすることで、
自分の内に眠る「巨神」を目覚めさせることこそが、読書なのだと私は気づいたので、
今日の記事を書いているのだ!!

 

思考力を刺激する本

本には、思考力・行動力・想像力、それぞれに適応する本があると考えます。

思考力を刺激する本とは、言い換えるなら「問いを与える本」ですね。

 

人間の思考は「問い」によって刺激されます。 

かつて話題になったサンデル教授の「正義」の本はまさに「問いを与える本」の典型。


「最大多数、個人の自由、共同体の美徳、この3つの軸のバランスから正義を考えよう」
というのが本全体のメッセージなのですが、

普段「答え」ばかり求める人からすれば「で?」と言いたくなる本ですが、

あの本は答えを示しているのでなく、
問いを投げかけているわけですからさもありなん。

 

受け身で本を読んでいると思考力がどんどん衰える

ショウペンハウエルが「読書について」で語るように、
読書とは、自分の代わりに著者に思考してもらう行為です。


つまり、著者の思考を自分に押し付けているわけなので、
ただ素直に読んでいると「自分で考える」という習慣や力がどんどんなくなっていくのです。

 

だからこそ、本を読む時間以外にも、
自分の頭で考える時間を持つ必要があるし、
私のようにブログで発信するのもいいし、
「問い」によって自分の頭に刺激を与える必要もあるのです。

 

外にあるのは「各論」のみ。「総論」は頭の中にしか存在しない。

答えを外に求めるばかりではなぜいけないか?というと、

どんなに優れた意見でも、所詮は無責任な他人事だからです。

 

そりゃあそうです。

他人は自分に口を出しても責任は取りません。

まして本の著者が、一読者の人生に責任など負えるわけがない。

 

ある人は「若い内から貯金なんかするな!どんどん自己投資せよ」と言い、

別の人は「早い頃から貯金をし続けることで、金のガチョウを育てましょう」と言う。

 

若い読者は思うのです。

「じゃあどうしたらいい?!」

と。

 

つまり、他人の意見や情報は「各論」でしかない。

人生や世界についての「総論」は自分の頭にしかない。だから自分で考え、決めなければならない。


そのために普段から、「各論」を仕入れ、

血と命を吹き込んで己の血肉として思想体系に有機的に組み込んでおけば、

頭の中にある「総論」のクオリティが上がっているのです。


その「総論」のクオリティが、あなたの、そしてあなたの仕事や人間関係や人生の、あらゆるクオリティとなるのです。
 

行動力を促す本

自己啓発書、ノウハウ本、ビジネス書の大多数がこれにあたります。

要は

「◯◯しましょう!」「私はこう思います!」

と、わかりやすく「答え」を提示している本であり、

だからこそスラスラ読めるのでベストセラーになりやすい類の本です。

 

こういった書籍は、
自分の行動に繋がる限りにおいて「いい本」であり「役に立つ本」であって、

どんなに具体的でデータや事例が豊富でも、

行動につながらないのなら、読む意味の薄い本なのです。

 

想像力を煥発する本

物語、自伝、歴史、写真集、漫画などは想像力を煥発します。

基本的に読んでいてワクワク・ドキドキするもの全般ですね。


おそらくですけど、こういったものは、

文章や写真を通じて自分を見せてくれる「鏡」となっているからでしょう。

 

だいぶ昔に記事にしたけど、
私は「◯◯力」と色々ある中で、最も重要な「力」は想像力と思っています。

その結論は変わっておらず、むしろ強固になっているくらい。

 

何故かといえば、天地宇宙、生物や鉱物などの天然物を除けば、

全て人間の頭の中から生み出されたものであり、
その設計図は想像力によって形成されるから。


いわば想像力とは「神の力の分派分量」とも言える偉大な力なのです。

 

そして想像力は、
ハッキリとした、イキイキしたイメージであるほど形成力を持つのは
色々な自己啓発書で語られる通りです。
 

想像力を鍛え磨き、
使いこなせれば、
まさに魔力のように人生に奇跡をもたらし続けられる。

 

だから人は、ワクワクすることをや非日常を人生に追い求めるし、
冒険や挑戦をやめようとはしないのです。
 

そして、誰もが、
何歳であっても、夢見ることをやめてはいけないのです。

想像力が死に衰えて、心の中の魔力が消えてしまうのだから。

 

「理」に至るには、愛と情熱が王道

武道であれ、スポーツであれ、料理であれ、仕事であれ、学問であれ、
何事にも「理(ことわり)」があります。
 

「理」には知恵や気づき、発想、インスピレーション、啓示、勘などのが無限に眠っています。

「理」に至った人は、いつでもその無限のリソースにアクセスできるのです。
だから他の人とは違う結果が出せるわけ。

 

この「理」に至るには、努力すればいいのか?勉強すればいいのか?
というと、
確かに必要だけど、それらは二義的であって、

一番大切なのは「愛と情熱だよ」と答えます。

 

イヤイヤ取り組むか、淡々と行うか、嬉々として向き合うか?

物事の取り組み方には

 

・イヤイヤ取り組む「レイバー」的スタイル

・淡々と行う「ワーカー」的スタイル

・嬉々として行う「プレイヤー」的スタイル

 

の3種類があります。

 

で、いくらハードに努力や勉強を重ねようとも、

その対象が嫌いで、イヤイヤ取り組んでいる場合は、「理」には至らないと私は思います。

少なくとも淡々と取り組み、だんだん嬉々として取り組むことで、やがて「理」に至るものです。

 

つまり、その対象に対する愛と情熱が「理」を自分を結合するってわけ。

言い換えるなら「心を込めて行え」ということ!!

 

まとめ:心を込めて何回も繰り返し本を読むことで「理」に至る

長々記事を書いてしまいましたが、結局言いたいのは、

同じ本を何回も、心を込めて読むことで、その本の「理」に至り、

その「理」が呼び水となって、自分の中に眠る巨神が目覚めるのです。

 

だから私は1000回超えてなお孫子を読み続けるし、
今は1万回繰り返し読むことを目標にしています。


まぁいきなり千回とか1万回とか言われても「ウゲゲ」って感じでしょう。

なのでとりあえずは、「これだ!」と思った本は10回、繰り返し読んでみてはいかがでしょう?

繰り返すたびに気づきや発見があるものだし、それこそが自分に対する呼び水となるのですから。

 

ではね。

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どうも!「孫子(岩波文庫)を1000回繰り返して読む」という目標を先日達成したグータラ求道ブロガー・聖ちゃんです。

前回の記事にて、1000回読んだ感動と感想を書いたのですが、

後進の方々のためのアドバイスになるような記事も書こうと思い立ちました。

よければ参考にしてね。


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同じ本を1000回読むとこんな効果があるよ

・心が意識的に静められる

・集中力が高まる

・意志力が強化される

・生命力がアップする


ざっとこんな感じですね。

心が意識的に静められる

何回か繰り返し読んでいくうちに、お経を唱えているような感じになってきました。
般若心経を丸暗記している人が、頭の中でリピートする感じ、ですかね。

もっと卑近な例で言えば、好きな曲とか、見慣れたCMとか、そういったものに近い感じ。

そうして頭の中でリピートすると、まるでおまじないのように心が落ち着いてきますね。
ちなみに私は何百回目かくらいで、孫子の内容が夢にまで出てくるようになりました(笑)
ここまでくるともう、潜在意識にバッチリ定着している証拠でしょう。

集中力アップ

読む際に、さっき言った「頭の中の声」と眼の動きをリンクさせ、五感と体内の内的感覚を研ぎ澄ませるうちに集中力が上がってきます。
というか、自分の中の「集中モード」に入りやすくなるというか、スイッチが自在に押せるようになってきます。

私の場合は、瞑想でもそうなんですが、呼吸とか鼓動とか、そういう内的感覚に意識を向けると集中モードに入りやすいです。
そういうことがわかってくるんですね。

意志力の強化

この習慣をつける内に、
月に1回、年に12回繰り返す年間課題図書をやろう!
アブローラーを極めよう!
というように、意志力がとにかくアップしました。

もちろん、何でもかんでも断行できるわけではないですが、超ナマケモノな私からすれば格段な進歩です。

生命力アップ


言うかどうか悩んだのですが、思い切ってカミングアウトします。
いわゆる「気(氣)」ってありますよね。
まぁ「オーラ」でも「エーテル」でも「レイキ」でも、呼び方は何であれ、そういったものへの感度は確実にアップします。

「病は気から」と言いますが、私が風邪を引いた時、孫子を読んでいる間は不思議と肋骨が痛まず、頭がクリアになり、読み終わったらまた肋骨が痛み、頭がぼんやりするっていう体験をしました。
気の持ちようで、かくも生命力とは変わるものかと気づきましたね。

同じ本を何回も、それも毎回初めて読むような新鮮な気持ちで取り組むよう努めることは、ものすごく良い気のトレーニングになります。それは身を以て証明できますね。
 

どんな風に孫子を読んだか?

私がどんな風に孫子を1000回繰り返し読んできたか、その変遷(ヒストリー)を述べてみます。


読むペース

これは一日に一回、全部で13篇を読む、というペースで行ってます。

一日に2回3回やろう!と思うこともなくはないのですが、時間の都合上
「無理なペースは続かないだろうなぁ」と思い、無理なく継続できるペースを維持しました。


ちなみに最初の方は、「一日2篇ずつ、約1週間で全13篇を通読する」という超ヌルいペースからスタートしました。

ですが習慣として定着するに従い、2篇だけでは物足りなくなって、

4篇ずつ→6篇ずつ→全篇と、数ヶ月のうちにパワーアップしましたね。


習慣定着のコツ

習慣の定着のコツは、上記のように

「とっても小さい一歩を、すぐに行動に移す」

「仮に40度の熱が出たとしても、無理なく毎日継続できるペースで断行する」

です。
 

また、

「12時になったら、孫子を読む」

「朝起きたら、孫子を読む」

というように、自分の中で習慣のリズムを作っておくと、より定着しやすいですね。


読み方の変遷

これは結構変わっています。

孫子は


・原文(漢語)

・読み下し文(いわゆる古文で出てくるような文章)

・現代語訳


の3部構成で綴られているのですが、最初の200回は、現代語訳のみを読んでいました。200ページもない薄い本ですが、その中でも現代語訳だけを抽出した場合、7〜80ページ程度にしかならない文章になりますよね。

「これなら毎日無理なく継続できるわ!!」

って感じです。

これが荘子とか韓非子みたいに何冊もある本だったら大変です。


で、200回目くらいから、「読み下し文+現代語訳」を一日13篇全て読むようになりました。

だいたい400回目くらいまでかな。これを続けていたのは。最初の頃は時間が倍はかかるようになったので結構きつかったのですが、慣れればなんてことはなかったですね。

そして程なくして読み下し文のみを読むようになりました。時短トレーニングですね(笑)

というか、80回繰り返した時点で一字一句丸暗記してましたし、読み下し文や原語を見ても頭の中に自動的に内容が浮かぶようになっていたので、

「別にもう、現代語訳いらなくね?」と思い、現代語訳読みの習慣は削りました。


で、500回目くらいから、650回目くらいまで、読み下し文を音読していました。

音読って地味だけどやっぱり、脳トレの代表格なところもあるので、素晴らしいね。

声に出して読むことで、頭の中で追唱される言葉がより強化されました。

要は、脳への定着率が上がるということです。あぁ、最初のうちにやっておけばよかった。。。


で、650回目くらいから現在に至るまで、また読み下し文のみの黙読スタイルに戻っています。


読むスピードは確実に早くなる

同じ本を繰り返して読むわけですから、スピードは格段に上がります。

現在では13篇の読み下し文を20分程度で読み終えてますが、やり始めた当初は一日2篇を10〜15分かけて読むというチンタラペースでしたし。

ちなみに私は速読できますが、この行に関しては速読スキルは完全に封印しています。

つまり、純粋な読む速さそのものが確実にアップしているのです。


まとめ:効果が欲しければ効果を求めるな

曹洞宗の道元上人の有名な言葉に「只管打坐」があります。

「坐禅でこんな効果を得ようとか、何の意味があって座るの?とか、そんなことは考えず、

と に か く 座 れ !!」

という意味ですが、私も同じことを言いたい。


同じ本を何十回何百回何千回と繰り返し読むのはとても地味で時間のかかる行です。

なので、効果とか、意味とか、そういう二義的なものを追い求めるスケベ根性が強いと絶対続かないです。

読むことそのものが目的というか、呼吸と同レベルの習慣というか、そんな域に至らないと正直難しい。


なのでまずは、私がやったように、一日に1章か2章ずつくらいからでも読み始めるところからスタートしませんか?

そこから段々レベルアップしていきますからね。



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ある日、
「孫子を千回読もう!」
と思い立ち、
コツコツと、しかし一日も欠かすことなく毎日13篇読み続けて、
とうとう1000回繰り返して読みました。

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そもそもなぜ孫子を千回を繰り返し読もうと思ったか?

私は速読ができるので本はかなり大量に読んでいます。
年間数百冊、累計は万を超えているって感じ。
でも、

「読んだ本の内容がきちんと身になっているか?」
「本を読んで、人生はきちんと向上しているか??」


と考えた場合、

「ただ読んでおしまい、になっている場合がほとんどだよなぁ。。。」

と反省することが多いのが実情。


で、ある日

「ちがう本を100冊読むよりも、おなじ本を100回繰り返して読む方がいいんでない?」
と思い立ち、

「じゃあ何の本を100回繰り返そうかな?」

と本棚を眺めたら、目に飛び込んできたのが孫子(岩波文庫)だったのです。


つまり、
「なぜ孫子を1000回繰り返して読もうと思ったのか?」
と問われれば、

「直観です」
としか言えません。
しかも当初は1000回ではなく100回が目標だったしね。
それが気づいたら1000回になっていたからすごいよね。

で、以下に「孫子を1000回繰り返して読む中で、得たこと、気づいたこと」をまとめてみるので参考にしてみてね。

戦略とは何か?が繰り返すたびに深まり洗練されていった

孫子は最強最古の戦略書です。
ナポレオン、孫正義、ビルゲイツ、ヤマハ4代目社長・川上源一(以上、敬称略)などなど、
古今東西の錚々たる偉人たちがこぞってバイブルとしていたことからもそれは明らかでしょう。

戦略=非対称性の設計

現時点で私が考える「戦略とはなんぞや?」という定義がこれ。
経営戦略に関して言えば、戦略のアプローチは究極的に

・外部環境にフォーカスし、有利な場所を占める「ポジショニング」
・内部環境にフォーカスし、組織の能力を高める「ケイパビリティ」

この二つしかありません。
もちろん、両者をどれくらいの割合で複合するかでまた色々な戦略のパターンが出てきますがね。
例えばブルーオーシャン戦略はどちらかと言えばポジショニング寄りの経営戦略で、
トヨタ生産方式はケイパビリティ寄りの経営戦略に基づくビジネスモデルです。

どちらにせよ、

・他社より有利な地位を持つ「非対称性」
・他社より強力な能力を持つ「非対称性」

を作っていくこと、それが戦略です。

戦略の究極は「不可能を可能にすること」

孫子は述べられてる内容からすれば、どちらかと言えばケイパビリティ寄りの本ですが、
ポジショニング寄りの記述もしっかりとあるので、
やはり古今東西、どんな分野においてもバイブルたり得る戦略書だとつくづく思う。

そして歴史を紐解けば、「戦略の天才」と呼べる人が何人かいますよね。
織田信長、ナポレオン、カエサル、そして「戦略の父」と呼ばれるハンニバルなどなど。

彼らがなぜ「天才」「偉人」と呼ばれるようになったかと言えば、
「不可能を可能にした」「常識を打ち破った」
からです。

例えば「戦略の父」ハンニバルはカルタゴの将軍で、歴史の栄華を誇っていたローマの圧倒的大軍勢を相手取り、連戦連勝します。
特に有名な「カンネーの戦い」では、ハンニバル5万人vsローマ軍8万人の劣勢にもかかわらず、
なんとローマを包囲殲滅してしまうほど。

ランチェスターの法則でも説かれるように、
兵力というのは圧倒的かつ決定的な戦力要因であり、覆すのは容易ではありません。
そんな「不可能とも言えるほど難しいこと」を成し遂げることこそが、まさに戦略であり、その目指すところなのです。

そして私もまた、不可能を可能にすることを目標に、戦略を学び、実践していく所存です。

理解とは「理(ことわり)」を解放すること

2017-02-18-23-31-36

そもそも「理解」とは0〜100点(%)というものではないのです。
数学であれ、語学であれ、ビジネスであれ、武道であれ、あらゆる物事には「理(ことわり)」というものがあります。
知恵とか、奥義とか、コツとか、インスピレーションとか、そういったものが無限に蓄えられた目に見えない銀行預金、みたいな感じでしょうか。

そしてここに至った人の特徴は「カンを掴んでる」「応用力が高い」「インスピレーションを受ける」「入神の域に至る」といったものです。

上の画像では、下にある「理」という無限のソースへ向けて、コツコツ掘り下げている段階です。
そして下の画像のように「理」を掘り当てて、汲み上げていくプロセスこそが「理解」なのです。

2017-02-18-23-30-10

つまり、理解とは、一旦理解したらもうおわり!というものではないのです。
「理」を掘り当てる前段階、
そして掘り当てた「理」から無限に汲み上げ続けるプロセスこそが「理解」なのだと理解しました。

このプロセスには終わりはありません。華道や武道などの「道」のごとく、どこまでも続くのです。
無限の源から汲み上げ続けるわけですからね。

故に、理解の大敵は、歩みを止めること、汲み上げるプロセスを怠ることにこそあります。
具体的に言えば、「わかった」「もう十分理解した」という気になることですね。
人間とは複雑なもので、職場では明るい人でも、一人になれば落ち込んでたりするものです。
それを「あの人は明るい人!」と理解した気になり、それ以上知ろうとしないのがまさに「わかってない」ということになるわけです。

集中力と意志力のトレーニングになる

同じ本を繰り返し読んでると、ぶっちゃけ飽きます(笑)
実際、80回繰り返した時点で、一字一句ほぼ完全に暗記してしまった状態になりましたからね。

だけど、それでもなお、繰り返し同じ本を読むことで、色々な効果はあったのだけど、
とりわけ顕著なのは「意志力と集中力が強化された」こと。

というのは、初めて読む漫画や本って、新鮮だから結構集中して読めますよね。
でも、何度か読んで慣れた本だと、読みながらでも

「今日の昼飯なんにしようかな?」
「来週のONE PIECEはどんな展開になるんかな?」

なんて風に、全然目の前の出来事と関係ないことを散漫に考えてしまうものですよね。


しかし、そんな心をあえて目の前のものに一点集中することで、

・心や体に命令を下し、支配力を発揮する意志力が
・目の前の対象に没入し、一体化する集中力(中村天風的に言えば「有意注意力」)が

少しづつでも、繰り返し読むたびに目に見えて強くなりました。
なのでもはや「読書」というよりは「本を用いた瞑想」って感じの行ですね。

生命力が高まる

私は年に一回あるかないかの割合ですが、風邪をたまに引きます。
てかつい最近引きました。
で、風邪をひくと、肋骨がズキズキ痛むんですよね。

だけど、風邪でもなお習慣を途絶えさせないために、いつも通り孫子の通読を断行しました。

それで、不思議だったのは、読んでいる間、ビックリするくらい肋骨が全然痛まなかったんですよね。
で、読み終わったらまた痛み始めました。

これは一体なんなんやろか?って感じですが、
これ以外にも、普段から孫子を手に取り、意識的に集中して読むことで、

・心が静まる
・色々なアイデアが浮かぶ
・気力や活力が湧いてくる

ようになりましたね。
やはり「読書」から「本を用いた瞑想」にシフトしたからでしょうかね。
軽い風邪なら、深い瞑想状態にしばらく入ってれば治っちゃいますしね。

読んでて「うさんくせぇ〜(笑)」って思うかもしれませんが、
まぁ個人の体験なんで参考程度に受け止めてね。

まとめ:何か一つのことにとことん向き合うことは、自分を変容させる錬金術

コツコツ何かをやり続けることって、とてもシンプルだけど強力な戦略だと思う。
単純に

① 世の中の多くの人は三日坊主で継続できない(もしくはやりたがらない)人たちなので、継続できる人自体が希少。なので価値や優位性が高い。

② 時間がかかる。これ自体が優位性。なぜならみんな「簡単」「早い」という話をありがたがるので、わざわざ時間をかけたがらない。

ということですからね。
筋トレであれブログであれ、何であれね。

もしあなたが何か続けていること、好きなものがあるのなら、
それをとことん極めてみません?どうせなら。

私は孫子を1000回読んだけど、これで止める気はないですし。
次の目標は「孫子を1万回繰り返して読む」ですからね。

宮本武蔵も言っているでしょ?

「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」

とね。

この言葉を私は

「千回の読書を理とし、万回の読書を解とす」

と変換し、孫子を極める道を突き進みます!


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プロブロガーのイケハヤさんがものすごくいいこと(&耳の痛いこと)を仰ってます。

ただ、得てして、能力が低い人はスピード感も遅い。
ハイレベルなプレーヤーほど、動きが早い。
能力とスピードは、概ね相関している。』
 

本当その通り!!
そして、めっちゃグサッときました。



人間は「やる人」と「見てる(だけで文句を言う、批判する)人」の2種類に分かれる

私は原則的に、レッテル貼りという行為は、するのもされるのも大嫌いなのですが、
人間を2種類で分ける人っていますよね。

『金持ちと貧乏人』
『賢いヤツとバカ』
『利用する側と利用される側』
『搾取する者と搾取される情弱』

いろいろな分け方はあるでしょう。
でも、私の中での人間の分類は

『実際に行動する人と、
そんな人を見てるだけ(で外野から批難したり、現状に文句を言ったりする)人』
なんです。
それだけ私は行動に重きを置いています。
なぜかといえば、

 ● 私自身、頭でっかちでプライドが高く、なかなか行動できないので、自分への戒めとしている
 ● 「知る」ことと「やる」ことは別次元で、「わかる」ことと「できる」ことも別次元

だからです。
要は「やってみなきゃわからん」ことがほとんどなのに、
やりもしないでブーブー言ってるのって最高にダサい
んですよね。

そして能力というのは、当たり前ですが、「やる」ことを繰り返したり積み上げたりしていくことで高まり、磨かれていくものですからね。
恥や失敗を恐れずに、というか、恐れててもいいから実際にやるのが大事、ってこと。

兵は神速を貴ぶ


私が現在1000回読むチャレンジを継続中の古典「孫子」の「九地篇」にて
「兵の情は速を主とす」
という言葉があります。


超大雑把に言えば、
「勝つためにはスピードがめっちゃ大事なんだぜ!!」って話。
何故なら、敵の不意や不備といった「スキ」を突きやすくなるからね。
(ちなみに、戦争と無縁の私たちは、本文中の「敵」を「的」と置き換えて読むと現実の仕事や生活に応用しやすくなるよ。)

そもそも「真の勝負」には、ルールなんてものはありません。
「殺(や)るか、死ぬか」だけです。
ルールがないってことは、反則という概念もないわけで、
卑怯なんて言葉も存在しないのです。

そんな状況で「正々堂々」とか言ってるヤツは、
カッコいいのかもしれないけれど、ただのバカです。

現代人は学校やスポーツなどの「仮初めの勝負」に毒されすぎなんですよね。
「勝負」という言葉の真の意味や、その重みを知れば、簡単に言葉にしようなんて思わないはず。

体は心のキーボード

NLP(神経言語プログラミング)で有名な言葉ですね。
心をコントロールしたり強くしようとしたりする際、「心そのもの」をどうにかするのって難しいのです。実体がないですからね。
それよりは、体で何かをする方がいい。

村上春樹さんみたいにジョギングをすれば、頭の働きが良くなるものだし、
筋トレを継続して肉体改造に成功すれば自信もつくものですからね。

私の例で言えば、体の調子を上げたい場合は、意識的に早く動くようにします。
普段の3倍速くらいのイメージで、リズム良く、それでいて静けさや落ち着きを忘れずに、
ドアの開け閉めをしたり、キーボードを叩いたり、歩いたりをするって感じ。
ガンダム00で言えばトランザムですよ。

そうすると勢いやリズムがついて、調子のギア上げが意識的にできるんです。
実際、孫子の勢篇でも
『乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。
治乱は数なり 勇怯は勢なり 強弱は形なり』
とありますからね。

勢いをあげれば、自分を強い状態へ意識的に持っていける。
そのための簡単な秘訣が「意識的に早く動く」ってことです。


最短最速で最強の能力を身につける最高の秘訣10

 1. やれ
 2. もっとやれ
 3. もっともっとやれ
 4. さらに、もっとやれ
 5. やりたくない時もやれ
 6. やりたい時は、もちろんやれ
 7. 何かやりたいなら、すぐやれ
 8. 何もやりたくなくとも、何かやれ 
 9. 毎日やれ
10. やり続けろ

元記事:10 steps to becoming a better writerより

上の記事の「書く」を「やる」に変換してみました。

とにかくやること、すぐにやること、やり続けること

それが何より大事です。


それでは、また。


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