聖なる強化書

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カテゴリ:聖さんの成功法則 > マーフィーの法則・実践記

相も変わらずマーフィーの「眠りながら巨富を得る」を一日1章ずつ読みつつも実践している日々を過ごしております。


なんとなく読むだけならともかくとして、真剣に実践しながら読むとなると、いろいろ気付くことが多いですね。




話はめちゃ簡単 ただしやるのは別問題

マーフィーの教えって、まとめてしまえばメチャ簡単なんですよね。

● イメージしましょう
● 恨みや嫉妬を手放しましょう
● 肯定的な言葉や祈りを規則的・法則的に唱えましょう。
● 眠る直前のウトウトした時が、潜在意識にメッセージを刻み込む一番のタイミングでっせ



というようにね。
小学生でもわかるくらい、シンプル。

だけど、「知る」のと「やる」のは別問題
そして、「わかる」と「できる」も別次元


例えば「寝る直前に実現したいイメージや肯定的な言葉を繰り返す」という教え一つ取っても、
私は「やったりやらなかったり」という感じで、なかなか習慣として定着していませんし。

私は寝つきがかなり悪い人間で、布団の中で1時間〜2時間と平気でウダウダすることも多いんです。
いくらワクワクするイメージや言葉だとして、そんな長時間、能動的に繰り返せますか???

って話。
だからついつい、
今日一日起こったことを思い返したり、昔のことを思い返したり、イイ齢こいて脳内RPG(※もちろん厨二仕様!)をプレイしたり、
・・・している内に寝ちゃうので、
「寝る前のウトウト」は、今現在、あんまり活用できてませんね。


簡単な教えほど、奥が深くて難しい?

難しい教えほど、一生懸命考えようとしたり、細かくステップを設定して着実に実行しようとしたり、どこかの誰かが便利なツールを開発したりしてくれるので、
ある意味「簡単」だったりする。とりかかってマスターするのはね。

でも、マーフィーのように簡単な教えって、簡単であるがゆえにその真意や奥義を掴むのはとても難しいものなのかなと思いましたね。

シンプルであるがゆえに、それ以上の甘えを一切許さない厳しさがある。


悪魔は緩んだ心身にとり憑く

私が思うに、空気中には「悪魔」がうようよと漂っていて、それが人に取り憑いたら
否定的で破壊的な思考がエスカレートしていき、そういう人間へと堕落していく、そういう霊的なメカニズムみたいなものがある。

そして、悪魔は、緩んでダラけた心身の持ち主を好んで取り憑く。
自分のことを考えても、暇な時ってついつい否定的で破壊的なことを考えていたりするしね。
「あいつ、死ねばいいのに」
って感じでさ。

そうならないための一番手っ取り早い方法は、暇にならないよう起きている間は「活動」で埋めることだけど、現実問題、無理ですよね。体力的にもね。

私が「頭の中を常にクリアにポジティブに保つ」ために効果的だなと思った方法の一つは、

●暇さえあれば耳にイヤホンを突っ込んで、ビジネステープを聴く

ことなのだけど、これは音声を聴いている間はとても効果的なんだけどね。
でも、一日ずっとイヤホン突っ込んでるわけにもいかんでしょ。

だから、いついかなる時でも
「心を理想的な、ポジティブな状態に保つ。保つことができなくても、その状態に戻せる」
ための方法論を私は探していたわけ。


抽象的な言葉や観念も、千回万回と繰り返せば奇跡は起こる?

「眠りながら巨富を得る」の第1章に、
「富裕」と「成功」の二つの言葉を感情と理解を込めて繰り返すことで、不幸のどん底から奇跡を起こした事例が載っているのですが、
私はこの事例をヒントに

「幸福、裕福、祝福、至福」

の4語を感情と理解を込めて、「常に」唱えるチャレンジをしてみようと思い立ちましたよ。

あくまで私なりの定義ですが、

 ・幸福:自己完結した、主観的・日常的な「福」
 ・裕福:金銭的・物質的な「福」
 ・祝福:縁とか運などの、対人的・対界的な「福」
 ・至福:精神的・霊的な「福」

という感じ。
そう、まさにその「感じ」を感じつつ、唱え続けることで心をコンディショニングするチャレンジをしてみます。

法然上人が四六時中念仏を唱えたように、何千何万と繰り返せば、これらの言葉も潜在意識に刻まれて奇跡を起こすのではなかろうかと。


とにかく、チャレンジです!
ではでは。


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ジョセフ・マーフィーの「眠りながら巨富を得る」を1日1章ずつ読む習慣をつけてもうすぐで2年。

全部で19章あるこの本を、すでに30回繰り返して読んでいます。


マーフィーの法則を勉強・実践してみて起こった変化

この本は銀座まるかんの斎藤一人さんが、お弟子さんに「この本を10回読め」と勧めている本だそうで、
そのエピソードを知った私は
「だったら100回読んでやる!」
「ここまでやったら、一人さんより凄いことになるかもね!!」
と思い立ち、1日1章コツコツ読む習慣をつけたのです。

 
あなたは気になっているでしょう。
「で、その習慣をつけてどんな変化がありましたか?」
とね。

何度かブログに書いていますが、小銭をやたらと拾うようになりましたね。
1円、5円、10円といった硬貨を出かけるたびに、歩いてると妙に高い頻度で拾うようになりました。

「たったそれっぽっち?」
と馬鹿にするようなら、あなたはハッキリ言って見込みがありません。


最初に懸垂が1回も出来なかった人が、腐らずに頑張る内に1回出来るようになり、中々回数が伸びなくても淡々と継続している内に2回、3回とこなせるようになり、
気がついたらキチンとしたフォームで連続10回出来るようになって別人のように強く逞しくなっているように。
(これは私のことです。)

ブログの開設当初は一日のPVが10前後、しかもそれは自分によるものでしかなかったものが、
コツコツ更新していく内に1日に50PVを超え、500PVになり、やがては月間PVが10万とか30万という人気ブログになっているように。
(これも多分、私のことになるでしょう。)

最初の「それっぽっち」をとことん愛し、喜び、大事にし、その良きものが極限まで増大されるのだと信じて
やり続ける。
そうすると「それっぽっち」が気付いたら「どんだけ!!」になってるものですからね。

逆に言えば
「それっぽっち?」という周りの無責任な声に屈したり、
「これっぽっちかよ・・・」と自分で自分を苛むことが
一番やっちゃいけないことです。

「眠りながら巨富を得る」の第18章にも書いてあるように、
「誰か他の人が私に批判の指を向けるとき、その人のほかの3本の指はその人自身を指している」
のですから、無責任に批判している雑魚は無意識に自分へ三倍返ししていると気付かないアホなんだと哀れんであげて下さい。

そしてこの事実を知ったあなたは、その愚を自分に向けてやらないようにして下さい。

長ったらしい祈りの活用法

マーフィーのこの本は、実践的なのがとても良く、
「こういう場合はどうすればいいのか?」という疑問に、似たようなケースでもって答えてくれるのが良いです。

ただ、マーフィーの本を読んだ人は思うでしょう。
「この長ったらしい祈りを覚えて唱えなきゃならんのか?」
と。

私の答えはこうです。
「長ったらしいと思うのであれば、短いのでいいから徹底的に繰り返せ!」

たとえば私は13章(19章の中でも特にお気に入りの章の一つです)に書いてある実業家のための祈り

「神が私の味方をしてくれるなら、いったい誰が私に敵対することができようか。
私を強めてくれる力なる神を通じて、私は何でもできるのだ。
成功は私のものであり、富は私のものだ。
ありがとう、父なる神よ」


が直観的に気に入ったので、
短くて覚えやすいこともあり、鏡で自分の顔が映る度に鏡の中の自分の眼を見つめてアファメーションを唱えるようにしています。
そうすると、だらけきった顔が引きしまり、どんよりした眼にも光と力が満ちてきます。

もちろん、しばらくしたらまた自信を失ったり、ネガティブになっていたりしますが、
とりあえず鏡を見る度に今の祈りを唱えることだけは徹底していますね。

千回で奇跡が起こる?

斎藤一人さんが「千回の法則」と呼んでいるように、
「ツイてる」みたいな単純な言葉でも1000回繰り返しているうちに段々定着してくるものでしょう。



まぁ問題は千回も繰り返す前にやめちゃうことなんですがね。
とりあえず私は一人さんの「100回聴き」のチャレンジを「1000回聴き」に基準を上げて実践するようにしています。
上の動画は100回聴きシリーズの中でも特にお気に入りの音声なのでオススメです。

「鏡を見たら、唱える」
「朝起きたら、唱える」

というように、何かアンカー(錨)を設定すれば習慣化もしやすいと思うので、
気がついたら千回繰り返せてるモノでは無いでしょうか。
そしてその時には、思った以上に、思わぬ変化をしているかも?

パソコンを開く前に祈りを唱えて肯定する

第6章に美容院を成功させた女性のケースでこんな祈りがあります。

「神の平和は私の魂を満たし、神の愛は私の全存在を飽和させます。
神は私を導き、栄えしめ、霊感を与えてくださいます。
私は光を受け、神の癒したまう愛は、私からすべてのお客さまに流れていきます。
神の愛は私のドアから入ってきて、また神の愛は私のドアから出て行くのです。
私のお店に来られる方はみんな祝福され、癒やされ、霊感を与えられます。
かの無限なる治癒する力を持つ精神は、店全体に満ち満ちています。
これは主がつくってくださった日です。
そして私は歓喜し、私のお客様や私自身に与えられる無数の祝福に対して感謝いたします」


・・・まぁ、「なげぇーYO!!」って感じなんですが、
これを応用・改良し、パソコンを開く前に唱えるように習慣づけようと思いました。
覚えられないとしても、根っこの思想というか感覚が大事。
自分の体が軽く、力に満ちてくる言葉やイメージ、感覚を選んで肯定する習慣をつけて、千回くらい繰り返すと奇跡が起こる。
そう信じてやっていきます。


それでは、また!


例えば私たちは、自動車の運転を習得するのに30万円くらいの費用を投じますよね。
んで、通いなら数ヶ月、合宿でも2週間くらいの時間をかけて、「自動車の運転」というスキルを体得しますよね。
んで、試験に合格した後に晴れて「免許」がもらえる、と。

自動車の運転という、一つの事柄でもこれだけのお金・時間・エネルギーを通して、ようやっとモノになるという事実を、まずは認識してください。


なのに「成功」「金持ち」「出世」に対する我々の舐めっぷりときたら・・・!

ところがどっこい、自己啓発書やノウハウ本を1冊、せいぜい数冊読むだけで
「人生を変えられる」
「魔法のように現実が変わる」
と期待するってのは、その教えを舐めてますよ。冷静に考えるとね。

たかだか「車の運転」ごときと比べても、人生に与えるインパクトの大きさや応用の広さを考えれば、
ものすごい教えだったりするのにね。

千数百円で本を買い、ちょこっと読んで
「役に立たない」だの「つまらない」だの、ましてや読んですらいないのに「クソだった」だの抜かすなんて、何様だって話。

1000冊読むより、1冊を徹底的に実践する

あなたも自己啓発書を何冊か読んだことがあるかもしれません。
そうすると気づきますよね。
「どれも内容が似通ってる」
とね。
「心」や「人生」といった同じトピックについて語っているんだから、似通ってくるのは当たり前なんですがね。

それで「面白い」とか「つまらない」とか、批評家めいたことを抜かすようになるのですが、
そもそもは「自分の人生を豊かにするため」に本を買って読んだわけじゃないですか。
だったら、「いい教えだった」と悦に浸ってるだけではダメで、
実際に行動しなきゃ何にも変化しないんです。

例えば7つの習慣に感動したのなら、他の本を読むのは置いておいて、
「ミッションを書き出す」でも「第2領域時間管理を実践する」でも、
とにかく一つでもいいから実践するのが大事ってことです。


かくいう私も、一時期は自己啓発書をアホみたいに読みまくっていました。
んで、ある時に
「読んでばっかりじゃあかん。実践せな!!」
と気付いた私は、この本のみを残し、後の本は全て処分したのです。


この本は、銀座まるかんの斎藤一人さんがお弟子さんに「この本を十回読みなさい」と指導している本なのだそうです。
でね。いざ実践しようと決意し、やってみて愕然としましたね。
「自分のできてなさ」
に。

神のごとく考え、奴隷のごとく実践せよ

ジョセフ・マーフィーの教えの要諦って、私が思うに「Think as GOD」なのですが、
これがなかなかできない。
いや、一瞬ならやれますよ。そりゃ。
でも気がついたらついついネガティブなことを考えてたりするので、
「常住座臥、常にマーフィーの教えに則って生きる」
ことがいかに難しいか。

そんな私ですが、それでもこの本を一日に1章ずつ、丁寧に読み、できる範囲で実践していくうちに、
自分の心を客観視できるようになったり、小銭をやたらと拾うようになったり(お札やビジネスチャンスであれば最高なのですが)、人や団体に気前よく与えられるようになったりしているので、
微々たるペースではあるかもしれませんが、人生は着実に好転していると思います。

単純な教えでも、素直に実践し、愚直に継続する。
そう、まるで奴隷のごとくにね。
そんな泥臭さや鈍臭さも、人生には必要なのではないかと。

自己啓発書や成功法則を読んだ人が一番気になること

ってやっぱり、
「実際に効果があるのか?」
「実践した人の記録や体験」
じゃないですか。

だから、私が人柱になって、ブログに不定期で実践した記録や日々の気づきを遺していこうと思ったのです。


自己啓発書や、それを読む人を馬鹿にする人って(主にネット上には)結構居ますが、
何もしないで外野からブーブー言う人の方が私からすればよっぽどの馬鹿だなと考えてますね。

そういう人って、冷静に自分を客観視できないのかな?
「もし自分が漫画や映画なら、外野からブーブー野次を飛ばすモブである」
と気づかないのかな?

一方で何かを実際にやってみた人は、失敗したり恥をかいたとしても、「いじられ役」「やられ役」だったとしても、少なくとも何かの「役」ではあるのです。
「モブ」は役ですらない。せいぜいが背景や装置。

自分の人生は、自分が主役なのです。
その物語をより良いものにするために、モブであることをやめ、傍観者であることをやめ、
恥をかいたり失敗したりしてもいいから、役を演じてみましょう。


というわけで、1冊くらい、ピンとくる本を読んでみてはいかが?
そしてできることを、できる範囲で実践し始めてみては??

それでは、また!

マーフィーの「眠りながら巨富を得る」を毎日1章ずつ読んでいる私ですが、
そんな私が最近つくづく気付いたことがある。
マーフィーの教えの要諦は、「神のごとく考えよ」だということに。


神のごとく考える、とは具体的にどう考えるのか?
以下の3つを説明します。


1. 創造者のごとく考える

主体的に考えて、自分の考えに責任を持つということです。
哲学でいう「独我論」に似ていますが、
「自分が宇宙で唯一、意思を持ち、思考する存在である」
と思い込んでみるのも、「創造者のごとく考える」ことを実践する一つの方法。

これはワガママになれってワケではなく、
むしろ逆で、自分だけが意思を持って思考する存在ということは、
しょうもないことや破壊的・否定的なことばかりをモヤモヤと無責任に考えていたら
とんでもないことが世界に創造され、現実となってしまうということを意味します。

だからこそ主体的・能動的に思考し、
自分の考えを注意深く見守り、責任を持てるようになるのです。


2. 遍在者のごとく考える

マーフィーの本を読むと
「人を許し、愛し、祝福する」
ことをやたら強調していることに気付かれるでしょう。
「人を呪えば穴二つ」
なんて言うように、他人に嫉妬や怨みを投射するのは、自分に制限をかけることにもなるというわけです。
ということは逆に、
他人に豊富や幸福、成功を放射することは、廻り廻って自分を幸せに豊かにする、
という理屈になる。

そうするための考え方として、さきほどの「自分が宇宙で唯一、意思を持ち、思考する存在である」とは逆に
「全ての人、生き物、虫、物、現象の内には神が宿る」
と考え、内に宿る神を思い敬うのです。
アニミズム的な考え方ですね。

・・・と言うと、
「宗教か!!」
って感じでアレルギー反応・拒絶反応を起こす人も居るけれど、私は別に宗教の話をしたいわけではなく、
考え方の一つとしてお話しているだけ。

私の人生に大きく影響を与えたRPGゲーム「Xenogears」でも
「信仰とは外に求めるものではなく、内に芽生えさせるもの」
という名台詞があります。
誰か・何かによって決められた“神”を求めるのではなく、
自分なりに神を見いだしていくことこそが、真の信仰であり、精神性の道ではないかと、
このゲームをやって思うようになりましたね。



3. 絶対者のごとく考える

普通に人生を生きていると、歳をとればとるほど、思考に制限がかかるものです。
親や教師、上司、国家、マスコミから洗脳され、常識に塗り固められていくうちにそうなるのですが、
そういった制限を一切外し、あらゆる固定観念を超克し、他人の考えや権威の意見、世間の洗脳よりも自分の思考や信念に重きを置くようにするのです。
これが「絶対者のごとく考える」ということ。

「お金がないから~できない」
「時間がないから~できない」
「勇気がないから、一歩踏み出せない」
「年齢的に遅い(もしくは、早すぎる)」
「才能がない」
「資源が足りない」
「自分にできるはずがない」

・・・こういったもっともらしい言い訳をあたう限り抑え込み、
理屈や論理で考えたらどんなに無茶・無謀なことであったとしても、
あなたの心が其処に向いているのであれば、
「自分は、それに相応しい存在である」
と決めてしまい、思い込んでしまいましょう。

まぁ要は「セルフイメージを究極まで高めましょう」
ってワケです。

自分の現実は、セルフイメージによって展開が決まるわけですから。
年収200万円が相応しいと思う人は、そのセルフイメージが年収200万円という現実を創りだし、
生涯独身と思い込んでいる人は、そのセルフイメージによって自分で自分を独身にし、
肥満体型から変化出来ないと諦めている人は、そのセルフイメージによってデブってるワケです。

セルフイメージを高める方に変化させることで、人生は好転する。
そのための方法論として
「絶対者のごとく考える」
ようにしましょ。



そして私は1日1章のペースで、この本を100回繰り返し読むつもりでいます。
その時には、「神のごとく考える」ことがかなり高い完成度で出来るようになっているだろうと思える。

ではまた。

本を読んで、その本の内容を自分のモノにするには

① 繰り返し読む
② 考える
③ 実践する


この3つしかない。
問題は、1日に何百冊も出版されている中で、①のスタイルで付き合える本にはどうしても限りがあるということ。

私自身、「この本は徹底的に繰り返し読もう」とコミットメントしていて、実際に繰り返し向き合ってるのって

・孫子
・マーフィーの「眠りながら巨富を得る」
・影響力の武器
・ユダヤ人大富豪の教え3

くらいなものだし。
孫子は毎日1回通読し、
マーフィーは1日に一章ずつ読んでる。
ユダヤ人大富豪の教え3は週に1回、影響力の武器は月に1回のペースだね。

スキルの習得や、何かをマスターする原則って、「反復」と「継続」ですからね。
たとえば私は、背中の筋肉を鍛えるために、
今まで通算、何回懸垂しただろう?
累計何時間懸垂しただろう?
何日筋トレに費やしただろう?
って話だし。


本を一回サラッと読んだだけで、魔法のようにマスターできる、
なんてのは基本的に期待してはダメなのね。
でも、問題は、世の中のに存在する大半の本は、
1回も読まずに人生が終わる本か、
せいぜい1回読むのがやっとだという事実。

そういう本たちは読むだけ無駄なのか?

そこで、さっき言った② 考える と ③ 実践する
が重要になってくる。

私のスタンスとして、世の中のほとんどの本は一回読んでしまえば充分な本、と割り切っています。
そうじゃないと、本を読むだけで人生終わっちゃうし(それでも到底足りないけど)。

で、そういう本との付き合い方として、以下のルールを遵守してます。


● 全部読む必要はない

著者プロフィールと目次を読み、
その本の中で「最も美味しい箇所」「最も知りたい場所」のみを贅沢に読むという王様的スタンス。
牛肉ならシャトーブリアン、マグロなら大トロだけを食べて、あとは捨てちゃう的な感じのね。


● 最初から最後まで順に読まなくていい

バカ正直に順番を守る必要はないですし、
著者が冒頭で「週に1章ずつ読むようにしなさい」などと書いてあっても、
無視して読みたいところをさっさと読みましょう。

忘れてはいけません。
読書はあくまで自分のための投資(もしくは娯楽)
自分のスタンスを貫けばいいのです。著者のためにお金や時間を奉仕するわけではないのだから。


● 1冊にかける時間は60分がリミット

これは要するに、「読むこと」よりも「考えること」「実践すること」に時間とエネルギーを投資しましょう!って意味。
ていうのは、読むのに時間とエネルギーを使うと、「読むことそのもの」が目的となってしまい、読み終わった後で考えたり実践したりしなくなっちゃいがちだから。

ちょっと足りないくらいで読むのをやめて、自分なりに考え、できる範囲で実践していくのが大事。



結局、自分の身体を通らないと、述べられている知恵は自分の血肉と化さないのです。
脳を通す(考える)か、体を通す(実践する)かしないとね。

ちょっとでもいいから、とにかく自分の身体を使ってみようね、ってお説教でした。


ではね。

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